ビロード地の布張りの椅子、フリフリの襞のついた幕、広々としたフロント、バルコニー、ミラーボール、スタート前に流れていたSEはジャズ……元々はキャバレーだった名残をそこかしこに感じる東京キネマ倶楽部での公演からスタートした『アンコールはどうする？』東名阪ツアー。独特な雰囲気が漂う空間で聴いたクリープハイプの曲達は、いつにも増して魅力的だった。観客にとってもバンドにとっても忘れられないライヴとなったのではないだろうか。
場内に流れていたジャズが突然止んで暗転。するとステージ上手袖からゆっくり歩きながら現れた尾崎世界観（Vo・G）、小川幸慈（G）、長谷川カオナシ（B）、小泉拓（Dr）。それぞれの楽器の準備を終えると、4人は握手を固く交わし合った。全員の衣装がスーツっぽいフォーマルなテイストなのが目を引く。そして、「今晩は。今日はオシャレな衣装を揃えてもらったから頑張らないと。よろしくお願いします！」と尾崎が挨拶をして、ライヴはスタートした。ツアーはまだ続くのでセットリストの紹介は、最小限に止めておく。大事なポイントとなった曲をいくつか挙げつつ、レポートするとしよう。
まず、クリープハイプのライヴに欠かせない「HE IS MINE」は、勿論やったのだが、これはちょっとしたスペシャルバージョンとなった。何がスペシャルだったのかと言うと、尾崎の祖母が見守る中での演奏となったのだ。「今日はおばあちゃんが、高知から来ています。遠いところから孫のライヴを観るために。だからマズイでしょ」と、曲の途中で観客に相談した尾崎。しかし、皆は当然ながら例のフレーズを歌う気満々だ。「じゃあ分かった！ おばあちゃんに届くような声で頼むよ」。そんなやり取りを経て突入した問題の箇所……尾崎が《♪今度会ったら何をしようか 今度会ったら》と歌ったのに続き、《♪セックスしよう》と観客が全力で叫んだ。あの瞬間にフロアいっぱいに広がった妙な達成感は、何とも言えず可笑しかった。尾崎のおばあちゃんはさぞかし仰天しただろうが、孫がファンたちに深く愛されていることを実感したに違いない。
独特な湿り気のようなものを帯びたクリープハイプの曲と、昭和臭バリバリの東京キネマ倶楽部の相性は、本当に抜群であった。どの曲も素敵だったが、1曲だけ挙げるとするならば「グレーマンのせいにする」。尾崎と長谷川が歌声を交わし合いつつ展開させた哀愁溢れるメロディが最高！ 昭和の世界へとタイムスリップしたかのような、何処か非日常の感覚を味わうひと時となった。
腕を振り上げながら踊る観客のエネルギーがフロアを激しく揺らした名曲「オレンジ」。そして、最新シングルの表題曲「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」も猛烈に盛り上がる必殺チューンと化していた。熱く高鳴る美メロに身を任せ、全力で飛び跳ねる観客の一体感が圧倒的！ また、新曲の切れ味も素晴らしかった。「メジャーへ行くと、『あのバンド終った』みたいに言われる『あるある』って、あるじゃないですか？ 今日は新曲を作ってきまして。言いたいことは……メジャーへ行っても変わらない。だから安心して感情を預け続けてくださいということです」という言葉を尾崎が添えて、演奏がスタート。サウンドの熱いエモーション、巻き舌気味の攻撃性も交えた歌声が実にカッコ良かった。おそらく、今後のライヴに欠かせない存在となるだろう。
ネタバレになってしまいそうなので、演奏した曲に触れるのはこれくらいにしておくとしよう。その代わりと言っては何だが、印象的だったMCを紹介する。MCの際は、観客の合いの手がしばしば入るのだが、この日は1人の観客が発した「マサル元気？」という唐突な質問が、話題をユニークな方向へと導いた。「マサル」とは、尾崎の父の名前。「今、マサルと喧嘩してるんですよ。彼はクリープハイプの記事が載っている雑誌をいろいろチェックしているんですが、僕がマサルについて触れた発言で傷つけてしまったらしく。母、ユミコの情報では、一昨日の夜にクリープハイプのCDを聴いていたらしいですけど……」。そして、胸に沁みるMCもあった。本編ラスト2曲を始める前のこと。「ライヴの前はいろいろ思うところがあるんだけど、客電が落ちて、歓声が聞こえると、そういうのは全部消えます。きっとまた何度でもライヴをやります。またぜひ来てください。今日はどうもありがとう！」。尾崎がライヴに対する想いを真っ直ぐに語ると、観客の間から温かい歓声が起こった。
尾崎は「客電が落ち、歓声が聞こえると、モヤモヤした想いが消える」という旨を語ったわけだが、観客も似たような感覚を味わっているのだと思う。ライヴ会場でクリープハイプの音楽が鳴り響くや否や、普段の生活の中で我々が抱えた不安や苛立ちは、何処かへと面白いくらいに吹っ飛ぶ。彼らの奏でる音に合わせて身体を揺らし、胸にグッと深く迫るフレーズの数々を共に口ずさんでいると、何とも言えずスッキリする。今回のツアーは東京公演2日目の後、名古屋と大阪を巡るわけだが、各地の人々を大いに元気にするはずだ。観に行く予定の人はお楽しみに！ そして、彼らのライヴを未だ体験したことが人は、ぜひ機会を見つけて足を運んで欲しい。きっと忘れられない一夜となるはずだ。（田中大）
