ザ・スミスやザ・リバティーンズなど数々のロック・バンドを輩出してきたラフ・トレード。創設者のジェフ・トラヴィス、そして共同経営者で元PiLのジャネット・リーが明かすUKロックの過去、現在、未来
ROUGH TRADE
(Geoff Travis & Jeannette Lee)
●おふたりは70年代から現在に至るまで、UKロック・シーン、特にインディ・ロックの浮き沈みを見て来られたわけですが、現在はどのような状況にあると考えていますか?
ジャネット・リー(以下、J)「今、音楽界はとても活気に満ちているように感じます。ミュージシャンシップが非常に重視されています」
ジェフ・トラヴィス(以下、G)「若い人たちが多くの時間を割いて楽器の演奏を学んでいるのはなぜだと思う?」
J「ひとつには、ブリット・スクールなどの出現があると思う。イギリスには、私たちが子供の頃には存在しなかった音楽カレッジがたくさんあります。大学に進学する際に、芸術志向であればブリット・スクールのようなところに行くという選択肢がある」
G「ブリット・スクールはすごく好きだよ。ブラック・ミディをはじめ、面白い人たちがたくさん出てきてる。何の費用もかからないしね。授業料もない。中流階級向けではないんだ。才能さえあれば入れてもらえる。それはとても贅沢なことだよ」
J「当初は音楽大学やブリット・スクールに少し懐疑的だったけど、若い音楽家にとって非常に素晴らしい環境だということがわかって、すっかり転向したわ」
G「60年代はアート・スクールがミュージシャンにとって重要な場所だったんだ。たとえばピート・タウンゼントとか。ジョン・レノンはアート・スクールには行ってないけど、その周辺にたむろしてた。我々が若い頃は、簡単に失業手当がもらえたんだ。ミュージシャンとして失業手当を受けていたことがギグ・エコノミー誕生の一因となったんだよ」
J「昔イギリスでは、ミュージシャンは失業手当を申請して、それで彼らはうろつきながら将来について考えたり、計画を立てたり、楽器を練習したりする時間をたっぷり確保していたのよ。今ではそれが取り上げられてしまったように見える。
以前とは違って、成長する時間がないから、即効性のある新しいプロジェクトを考える。以前はモノになるまでの時間的余裕があったけど、それがほとんどなくなってしまったと思う」
G「別の側面としては、宅録技術の登場で、人々は新しい能力を手に入れて、非常にレコーディングに長けているということ。自分の音楽を録音するのが、とても簡単にできる。
昔はスタジオに行かなければならなかったのが、今は自分の部屋にスタジオがあったり、完全にリリース可能なものを自分で作ることができる。以前とは考え方がまったく違う。若いミュージシャンたちは以前よりもテクノロジーに精通していて、それが違いを生んでいる。もちろん、それが必ずしも良い音楽を生み出すとは限らないし、あくまでもひとつの側面だけどね。
イギリスはこれまで常に素晴らしい音楽を生み出してきた。音楽と言えばイギリスが世界的に知られているもののひとつで、政府の支援をほとんど受けていないにもかかわらず、とてもいい音楽を作ってきた。音楽は、この国を前進させる素晴らしい産業だよ。
“インディ・ミュージック”の現状については、社会学的あるいはムーブメントという観点で何が起こっているのかということについて、我々が実感するのは難しい。
というのも、我々は言ってみればハリケーンのど真ん中にいるわけだ。ただしコロナのせいで、ハリケーンというよりは穏やかな風のようになってるけどね。通常であれば、常に新しいものを見に行ったり、人に会いに行ったり、探ったりしているんだ。今は、オンライン以外ではそれができなくなっていて、これまでとは違う種類の探索をしているよ。
何が起こっているのかという大きなパターンはあまり意識していないな。もちろんたくさんのパターンや大きな動きはある。
多くの場合はドラッグが関係していて、人々がその時どんなドラッグをやっているかだと思う。1964年から1966年にかけてのサンフランシスコでは、音楽好きに限らず多くの人々が大量にアシッドをやっていたんだ。
彼らはゴールデンゲート・パークに行き、グレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレインを聴いて、多くの人が同じドラッグを使っているというある種の共同体験をしていた。そして、言ってみればそれがひとつの音楽シーンを生み出したわけ」
J「もうひとつは、私たちは音楽をインディとそうでないものというふうには考えていないということ。いい音楽か、そうではないかを考えるだけ。
インディ・ミュージックというのは、メジャー・レーベルと契約していないとか、メインストリーム・ポップではないというだけのことだから。
『あれはインディ・バンドだ』という言い方はしないしね。きっとザ・ストロークスもインディ・バンドだと自称してはいなかったはず。私たちにとって、良い音楽は良い音楽。『メインストリームすぎるからうちのレーベルには合わない』とカテゴライズすることもない。聴いている音楽に何か感じるものがあれば一緒に仕事をしたいと思うわ。
イギリスの音楽にはたくさんの転機があった。たくさんの転機、新しいムード。そして確かに、今まさにそういった瞬間を迎えていると思う。普通のパンク・バンドで演奏するよりも、よりミュージシャンシップが必要とされるジャズの流行があって、今はおそらく以前よりかなり技術的な面に注目が集まっている時期だと思う。
イギリスのジャズ・シーンについて言うと、高度のミュージシャンシップがあるということ。イギリスの若いジャズ・シーンにこれほどの熱気があるなんて、本当に久しぶり。70年代以来ね。演奏の名手が注目されているっていう。今の時代はみんな優秀で、技術的な側面に興味が持たれているのよ」
G「思い浮かぶのはジョーディ・グリープ(ブラック・ミディ、Vo/G)で、彼は本当に驚異的なギタリストだね。我々はパンクとの結びつきが強いし、ギタリストの技巧について語るなんて、パンク時代にはありえなかったことだよ。
キース・レヴィンがYESのローディを務めていたことは今では知られているけれど、当時は公表されていなかった。他の人たちが嫌がっていたからね!
何を聴くことが許されるかというカルチャー戦争は解消されたみたいだね。だけど音楽には常に部族的なところがある。ヌビア・ガルシアなんかも本当に優秀な若いサックス奏者だ。意外な人がそういった音楽を聴いていて、例えばジャイルス・ピーターソン(BBC Radio 6のDJ)なんかも、ブラック・ミディをかけつつ彼女も、という感じで、それは興味深かった。そのふたつがクロスオーバーするとは夢にも思わないけど、名演奏があるからこそなのかもしれない。現在イギリスにはエキサイティングな新しいバンドがいくつかいるけど、これまでも常にそうだったと思うんだよね。
ミュージシャンたちが常に同じエリアに集まるとは限らず、今はサウス・ロンドンに多くの答えがあり、それがキャッチフレーズになっているね」
J「思うに、音楽ファンは人生のある時期になると、音楽に興味を持つことを止めてしまって、それ以降のものは昔自分が大好きだったものほどは良くないと思ってしまう。でも不思議なことに私たちはそうならず、常に探し続けているし、常に新しいものをたくさん見つけているわ」