ザ・クラッシュ『白い暴動』はなぜアメリカで発売されなかったのか。新たな資料が浮上

ザ・クラッシュ『白い暴動』はなぜアメリカで発売されなかったのか。新たな資料が浮上 - 1977年作『白い暴動』1977年作『白い暴動』

ザ・クラッシュが1977年にリリースしたファースト『白い暴動』はなぜアメリカではリリースが見送られたのか。このファンからの問い合わせに答えた当時のアメリカのエピック・レコードのA&Rディレクターの手紙が公開されている。

手紙をしたためたのは当時エピックでアメリカの東海岸担当ディレクターだったブルース・ハリスで、熱心なファンだったポール・ドーアティの問い合わせに答えたものになっている。現在音楽評論家となっているドーアティはパンク・ムーヴメントのドキュメンタリーを制作中で、その進行状況を報告するブログを立ち上げているが、その中でこの手紙を紹介し公開している。

手紙は1977年11月29日付になっていてハリスは次のように自分の職責を説明している。

「残念ながら、A&Rとしての判断はすべてが趣味性や音楽的な好みに依るものではないのです。きみには信じられないかもしれませんが、実はぼくは個人的には熱烈なクラッシュのファンなのです。しかしながら、ぼくの職責というのは自分の好きなレコードをリリースすることにあるのではなくて、この会社に利益をもたらすだろうと思えるレコードをリリースすることにあるのです。こういう考え方はモラルに反しているとか、いろいろ難癖のつけようもあると思いますが、でも、CBSから給料をもらっていながら、自分の義務を最大限にまで追求しようとしないことの方がモラルに反しているとぼくは考えるのです。ここでぼくだってクラッシュが好きだ、ザ・ヴァイブレーターズが好きだ、ザ・アドヴァーツが好きだ、ブロンディが好きだと言い張るのは簡単ですが、それでなんの業績の達成にもならないのです。クラッシュのレコードをリリースすることで、アメリカの音楽マーケット、FMラジオ、プレスなどなどの様相が変わるはずだというきみの見込みは間違っています。音楽業界におけるぼくの経験から言わせてもらえば、そういう見込みについてこのクラッシュのアルバムがどれだけの成果を残せるかというと、散々な結果に終わるはずです」

さらにハリスは次のようにクラッシュの可能性についてドーアティを諭している。

「また、このクラッシュのアルバムはその内容のクオリティの高さ(その圧倒的な歌詞や焼けつくようにひりひりするサウンド、狂熱的なパフォーマンスの中に明らかになっていますが)に対して、作品のプロデュースのレヴェルがまったく見合っておらず、それが大きな欠点になっていることは指摘されるべき点でしょう。このバンドのライヴ・パフォーマンスはこのレコードで聴ける内容よりも数倍よいものですし、聴き劣りしてしまうようなアルバムを作ってしまったという意味ではどうしてもそのアーティストとしての力に疑問を挟まざるを得なくなるのです。これはニュー・ウェーヴであって、ニュー・ウェーヴはほかの音楽のルールには縛られないからなどと言ってこのプロデュースは意図的にしょぼいのだと言い張ることにあまり説得力はありません。そういう理屈はただの屁理屈です。たとえば、ザ・セックス・ピストルズのアルバムはまともなプロデュースが施されていますし、その結果、ものすごく力強いサウンドになっていて、バンドのパワーをしっかり捉えたものになっています。ぼくはクラッシュならこのファーストよりも素晴らしい数々の作品をこれから作れると信じていますし、そういうレコードこそがアメリカのマーケットに紹介するべきものだと思うのです」

さらにハリスは作品のクオリティが向上しないとマーケットにも割り込んでいけないはずだと指摘していて、アメリカのアーティストの場合、トーキング・ヘッズならセカンド・アルバムでそういうこともやれるのではないかと予想してみせている。

なお、クラッシュの『白い暴動』はアメリカではリリースされなかったものの、輸入盤では10万枚を超えるベストセラーとなり、セカンド『動乱』リリース後の1979年にシングル"アイ・フォウト・ザ・ロウ"などを収録したアメリカ独自の編集盤としてリリースされることになった。日本ではこのアメリカ独自盤のファーストが『パール・ハーバー’79』としてもリリースされた。

(c) NME.COM / IPC Media 2015
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