【コラム】RADWIMPS、“春灯”が伝えてくれるもの

【コラム】RADWIMPS、“春灯”が伝えてくれるもの

今年の3月11日は、神奈川の西部にある自宅から午後2時半頃の電車に乗り仕事に出かけて、3時を少し回ったあたりで、座席に座ったまま少し遅い黙祷をした。あの地震の発生時刻は14時46分だそうだけれど、僕は「15時ちょい前」といったふうに漠然と覚えている。待ち合わせ前にカフェで仕事をしていたら、RO69の編集者からこの“春灯”についてのコラムを書いてくれないか、とメールで相談が来た。熱い文面だった。

5年前の震災・事故のことは、今と同じ自宅で体感した人生最大の地震のことも、テレビやウェブ動画で見る東北の目疑うような光景のことも、もちろん鮮明に覚えている。ただ、人が辛い記憶を自然にしまいこもうとする、あの「忘れる」という優れた能力のせいだろうか、「あのとき」のことを思い出そうとすると最初に脳裏に浮かぶのは、災害発生から数日後、商品の陳列棚がスッカスカな薄暗いコンビニで、働いている男の子の姿だ。学生バイトだったのだろう、今はもう会うこともないけれど、彼が自分の生活のために働いて、お店がどうにか回って、社会がまた動き出そうとしている。そのことに、とても励まされた。そういう、前向きなことしか思い出したくないのかも知れない。

春灯 RADWIMPS

野田洋次郎は、今回の“春灯”に寄せるコメントの中で、「来年以降も曲を作るかはわかりません。当たり前にやるかもしれません。ただ3月11日の、あの悲しみだけを切り取って一つの作品を作ることに少しずつ、違和感が生まれてきました。どの楽曲にも、含まれているように思うからです」と語っている。3.11以降、自分の行動原理が根本的に変わった、という人は、多くいるのではないか。5年が過ぎて、災害・事故の記憶に縛られていると言ってもいいくらい、考え方や行動が当たり前に「3.11後」のものになっている。

ならば、次の大きな危険を避けるために、もうあんな悲しい経験をしなくて済むように、どうにか語り継がなければならない。でも、人々に辛い記憶を呼び起こさせることは怖い。強い感受性と表現力を持ち合わせる人たちは、おそらくいつでも、その葛藤に苛まれている。だからだろう、“春灯”は、限りなく優しく、人々の記憶に寄り添うための一曲になっている。まだまだ先の長い癒しと復興、防災の道のりの中で、我々のコミュニケーションのためにひとつの手がかりを示してくれている。僕はそのことを、書いておきたかった。(小池宏和)

最新ブログ

フォローする