ザ・ラスト・シャドウ・パペッツ、待望の初来日公演を速報レポート
2016.04.28 11:48
アークティック・モンキーズのアレックス・ターナーと元ザ・ラスカルズのマイルズ・ケインによるユニット、ザ・ラスト・シャドウ・パペッツが、昨日4月27日、東京・新木場スタジオコーストで初の来日公演を行った。
RO69では、同公演のオリジナル・レポート記事をお届けします。
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【ザ・ラスト・シャドウ・パペッツ @ 新木場スタジオコースト】
8年ぶりの新作『エヴリシング・ユーヴ・カム・トゥ・エクスペクト』を引っさげ、初来日を果たしたザ・ラスト・シャドウ・パペッツ(以下TLSP)。アレックス・ターナーはアークティック・モンキーズ、マイルズ・ケインはラスカルズと、それぞれ本業のバンドがある中での活動であり、ツアーの期間も限られている。こうして来日してくれるだけでもありがたいのである。前座が終わるころには会場はすっかり満員になっていた。
4人のストリングスを含む編成は、ロック・バンドとしてはかなり異色だ。いや、そもそも彼らを単純に「ロック・バンド」と決めつけてしまっていいものか。
ストリングスの流麗で美しい響きと、あまり音を歪ませることのないクリーントーン中心のギター、控えめに色づけする程度のキーボード、ベース、ドラムスというトラディショナルな生音中心のアンサンブルから、これまで聴いたことのないサウンドが流れてくる。いや正確に言えば、こんな「ロックの」サウンドはあまり聴いたことがない。聴いたことのないサウンドなのに、どこかノスタルジックで切ない。
彼らの音楽はブルースやR&Bなどアメリカ黒人音楽を軸にした従前のロックの体系・価値観からは明らかに外れている。彼らのファースト・アルバムはスコット・ウォーカーや初期デヴィッド・ボウイのような60年代文学ポップの系譜にエンニオ・モリコーネなど往年の映画音楽、スプートニクスばりの北欧~ロシアン・テイストの大陸的メロディ、60年代のR&Bや50年代のスタンダード・ポップスといった、言ってみればコンテンポラリーなロックのいかなる系譜からも外れたレトロなスタイルを採用することで、細分化がいきすぎて袋小路にぶちあたった現代ロックへのオルタナティヴとして機能することになった。最新作はそうした影響は血肉化され内面化することで表面的には目立たなくなっていたが、基本的な方向性は変わっていない。そういえば幕間のBGMにはアル・マルティーノだのセルジュ・ゲーンズブールだのジョージ・マックレーだのニルソンだの、およそテン年代の最新ロックのコンサートには似つかわしくない60~70年代の渋い楽曲ばかりが流れていたが、あれは誰の趣味だったんだろうか。バンドの選曲なら納得だし、誰かがバンドに合わせて選んだのなら、大した選曲家だ。
決して過剰な音圧やダイナミズムで圧倒するような音楽ではない。繊細なアンサンブルとポップでおおらかなメロディ、ちょっと乱暴にエネルギーをぶつけてくる、その絶妙なバランスがグルーヴを生む。BLか?(笑)と思わせるようなアレックスとマイルズの微笑ましいほどのじゃれ合いぶりから放たれる雰囲気も楽しい。彼らにとってTLSPはしゃちほこばったアート・フォームでもなければ、肩肘張った時代の代弁者でもない、観客とともに楽しむエンタテインメントであり、それ以上でも以下でもないことが、その振る舞いからひしひしと感じられたのである。
ふと閃いたのが、彼らはビートルズやボブ・ディランによってロック革命が起こらなかったらそうなっていたかもしれない、もうひとつの「ロックンロールの未来」をプレイしているのではないか、ということ。ビートルズやディランがもたらした革命で、エルヴィス・プレスリー時代からの古き良きロックンロールは、ロックになった。でも彼らがもしいなかったら、あるいはビートルズがハンブルグのクラブでハコバンしていたころのままで、ディランがグリニッジ・ビレッジのカフェで弾き語りしていたころのままで止まっていたら、ロックンロールはどうなっていたのか。60年代後半以降のロックは音楽的にも商業的にも文化的にもポップ・ミュージックをガリバー的に支配しロック一強時代をもたらしたけれども、もしそういう時代が訪れず、ロックンロールがロックンロールのままで、数あるポップ・ミュージックのいちジャンルとしてあり続けたら。いわゆるアート・フォームとしての、あるいは若者文化の象徴としてのロックではなくても、人々の生活に密着した大衆のいち娯楽として愛され続けたのではないか。
シリアスになりすぎ巨大になりすぎた60年代半ば以降のロックの主流から外れ、ひっそりと片隅に打ち捨てられたような、陳腐でありきたりだが琴線に触れるような、さまざまなレトロなポップ・ソングのエッセンスを丹念に拾い上げ生命を吹き込むことで、こんなにもTLSPの音楽は豊かで楽しく、美しく、そして今の時代において懐かしくも新鮮な音楽として鳴っている。これはまさにありうべき、もうひとつの「ロックンロールの未来」ではないか。
そんな突拍子もないことを妄想しているとアンコールになり、なんとビートルズの「I Want You」のカヴァーが始まったのには驚いた。この日だけの気まぐれではなく、このツアーではずっとセットリストに組み込まれているようだ。シリアスなアート・ロックとしてのビートルズを極めた末期の隠れた代表曲。それをTLSPなりのやり方でやることで、彼らが提示するもうひとつの「ロックンロールの未来」とアイロニカルな対比をしてみせた。妄想は果てしなく膨らんでいく。
このツアーが終われば、アレックスとマイルズはそれぞれのバンドに戻るだろう。TLSPとしての次の活動がいつになるかはわからない。またいずれ、この夢のような「ロックンロールの未来」を見せてくれる日を待つことにしよう。(小野島大)