CDシングルの出荷枚数は30万枚を突破し、2月12日より配信開始したデジタルダウンロード(単曲)75.2万DLと合わせて、ミリオンセールスを突破したという米津玄師のニューシングル『Lemon』。表題曲の“Lemon”についてはこのサイトでも何度か言及しているが、カップリングとして収録されている“クランベリーとパンケーキ”、“Paper Flower”の存在も忘れてはならない。
“クランベリーとパンケーキ”は、米津が二日酔いの昼間の気分で書いた曲で、飲んだ翌日の酒焼けの声で歌録りも行ったとのこと。そういえば『BOOTLEG』収録の“爱丽丝”は飲み仲間でバンドを結成し、そのバンドでレコーディングをしていた。そのことも踏まえると、今の米津にとって「飲みに出かける」ことがひとつのインスピレーションの基になっているともいえるし、それだけ日常が音楽に侵食されている状況にあるからこそ、より人々の生活に根差した音楽を生み出せるようになったのかもしれない。
先日公開されたネットラジオ『米津玄師 ████████と、Lemon。』によると、米津にとって飲酒という行為は「逆眼鏡」(過敏になりすぎた神経を取っ払ってくれるもの)らしく、その象徴として≪こんな馬鹿な歌ですいません/嗚呼毎度ありがたし≫なんてフレーズもある。いわば、千鳥足のステップで踊る、ダンスチューンといったところだろうか。どこか背徳的で、気だるげで、何とも色っぽい仕上がりの1曲となっている。
“Paper Flower”はいろいろな制約をかけつつトラックから作っていった曲だというが、だからこそトラックメーカーとしての米津玄師の先鋭性、批評性がよく表れているように思える。環七沿いを深夜に散歩していた時の光景をイメージして音作りを行ったこの曲も、“クランベリーとパンケーキ”と同様、コードをループさせることにより、浮世離れしたような、停滞した空気感が演出されている。そこに歌詞の内容が組み合わさることにより、「フランクに自虐的、かつ妙にクールで俯瞰的」という人物像が浮かび上がるが、これは米津自身のパーソナリティと一致するものだろうか。サウンドが静かにカオティックになり歪んでいく終盤はどこか狂気的で、聴き手の胸にざわめきに近い後味を残していく。
“Lemon”を含む3曲はあくまで独立して存在しているが、どの曲にも「祈り」というモチーフが散りばめられており、そうして1本の糸が通されることによって、よりシングル然とした佇まいが実現している。米津は曲作りをしばしばスキューバダイビングに喩えるが、制作時に深海に潜るような感覚を味わっているからこそ、歌は下から上へ飛ばす「祈り」に近いものなのだという意識が根底にあるのかもしれない。また、これだけ頻繁に登場するということは、「祈り」に伴う情景――例えば誰かを想う人の横顔や、届くかどうか分からないがゆえの切なさなど――に今現在米津自身が関心を持っている、ひいては「“美しい”と思っている」ともいえるだろう。
タイアップ曲の書き下ろされた“Lemon”とは異なり、“クランベリーとパンケーキ”、“Paper Flower”はまるで靴を脱いでくつろぐような米津の姿が透けて見えるが、だからこそそこには本質的な部分が表れやすいはず。シングル『Lemon』はぜひ、この2曲にも注目して味わっていただきたい。(蜂須賀ちなみ)
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