Official髭男dismがロックバンドのラブソングの世界を変えてしまう理由

Official髭男dismがロックバンドのラブソングの世界を変えてしまう理由
ラブソングに定評があるロックバンドといえば、最近だとback numberMy Hair is Badが思い当たるが、Official髭男dismのラブソングを聴いた時、また新しいタイプのバンドが登場したように感じた。

まず、驚いたのは藤原聡(Vo・Pf)による歌詞だ。そもそもラブソングで共感を得るのは難しいことで、恋愛体験は人それぞれなのに、多くの人の心情にリンクするような言葉をあてがわなければならない、という矛盾が必ず発生する。だからこそ「J-POPあるある」と揶揄されがちな定型表現が生まれたわけだが、その一方で、ありふれた表現に留まらない歌詞を作ろうと苦心しているソングライターもいる。先述の2バンドのソングライターは、歌詞の中に個人的な体験を汲み込み、独自のワードセンスで表現することに長けた人たち。それとはまた違うやり方にはなるが、バンド以外のミュージシャンでも定型表現に対する反骨精神を持った人はいて、例えば、スキマスイッチのラブソングには「愛してる」や「好き」という単語がほとんど使われていなかったりする。

対して、藤原の書く歌詞では、一歩間違えると「あるある」と揶揄されてしまいそうな言い回しがあえて採用されていることが多い。例えば最新シングル表題曲“Pretender”の《「君は綺麗だ」》はそれ単独だと安っぽく聞こえてしまうおそれのある言葉だろう。しかし、サビの最後にこのフレーズを配置しているのが重要なポイントだ。


髪に触れただけで胸がギュッとなるほど、気持ちはとうに傾いている。しかし、この恋は叶わないし叶えてはいけない。だから「綺麗だ」とは言うことができても「好きだ」とは伝えることができない。煮え切らない感情を抱えた僕は心の中で一人芝居を繰り返してしまう――。

Aメロ~サビで描かれているのはそういった主人公の逡巡、葛藤。このように《「君は綺麗だ」》を発するまでの過程がそれまでの部分でありありと語られているからこそ、満を持して登場した《「君は綺麗だ」》が一層輝くのだ。というかむしろ、これくらい強度のある言葉でないとかえって不自然に感じられるのでは?と思えるほど、最適な言葉としてそこに存在している。

ストーリーテラーとしての手腕で以って、一見ベタに思える言葉に新たな意味をもたらしてみせる。それが藤原の綴る歌詞が魅力的であり、私たちが「新しい」と感じる理由の一つだ。この観点から言うと、歌詞の内容自体が事実かどうかはほとんど関係ない。ソングライティングにおいて最も重要視されているのは、聴き手が《「君は綺麗だ」》にどのような意味を見出すことができるか――さらに言うと、言葉をトリガーにあなたがどれほど想像力を膨らませられるかどうか、ということではないだろうか。

想像力を翼にする、という気概はサウンド面においても感じる。ブレイクのきっかけになった『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)では蔦谷好位置が「ブルーノ・マーズの新曲かと思って、思わず車を停めて聴いた」というエピソードとともに“Tell Me Baby”を紹介していたが、ブラックミュージックから大きく影響を受けたメンバー4人のサウンドは、音楽への探求心と創作意欲に満ち溢れている。そもそもOfficial髭男dismというバンド名には、「髭の似合う歳になっても、誰もがワクワクするような音楽をこのメンバーでずっと続けて行けるように」という意思と願いが込められているそう。“Pretender”はバンドのルーツにないUKの要素を取り入れて作った楽曲だというが、そういうバンドの根の部分は健在だ。


スマホ目線の歌詞がユニークな“Driver”(1stフルアルバム『エスカパレード』収録曲)がまさにそういう曲であるように、その場ですぐに調べられることの多い時代だからこそ一緒に冒険に出かけてみないかと、色彩豊かな音色で私たちを連れ出してくれるようなバンドである。また、“What’s Going On?”(1stEP『What’s Going On?』収録曲)で《ねえどうして人は言葉で人を/殺せるようになってしまったんだろう?/画面から飛び出した文字はナイフみたいだ》と歌っているように、言葉は時に凶器になりえることを理解しているバンドでもある。想像力の功罪を自覚し、その上で正面切ってそれに向き合っているからこそ、彼らの音楽は私たちの心を強く揺さぶるものになりえたのではないだろうか。(蜂須賀ちなみ)

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