今年ももうすぐ夏が終わる。毎年のことだが、なんだか切ない。でもその切なさがすごく大事な感情のような気がする。夏の名曲とされるロックナンバーの多くが「夏の終わり」を歌っているのも、そのためかもしれない。何かが終わっていく哀しさと、衝動のあとに去来する虚しさと、でも消えない記憶や感触。そのすべてが普遍的で鋭いのだ。古今の名曲たちのなかから、そんな儚くてエモーショナルな瞬間にフォーカスした楽曲をピックアップ。過ぎゆく夏に思いを馳せながら聴いてほしい。(小川智宏)
※リリース順
①スピッツ/“青い車”(1994年)
スピッツには夏の名曲が多いが、
草野マサムネ(Vo・G)の描く夏の景色はいつもどこか淡いトーンで、現実と幻の狭間に揺れている。夏なのに冷たさがあり、日差しの下でも空気は静謐で澄んでいる。この“青い車”もそうだ。歌詞に登場する《僕》は《君の青い車》で海に向かうのだが、そこにあるのは逃避行の美しい儚さだけではない。弾むリズムや海岸線をひた走るようなギターソロとは裏腹に、《偽物のかけらにキスしよう》というフレーズにはひんやりと固くて重い決意が見え隠れする。
②真心ブラザーズ/“サマーヌード”(1995年)
楽曲が月9ドラマのモチーフになったのも記憶に新しい(2013年の『SUMMER NUDE』)、日本のロック史上屈指のサマーアンセム。ストリングスやギターのカッティングが盛り立てるなか、夏の恋模様が
YO-KINGの朴訥としたボーカルで描き出されていく。《波打ち際に走る/Tシャツのままで泳ぎ出す》という刹那的な手触りと最初から「終わり」を孕んだ切なさは、胸が詰まるような夏の記憶をいつだって呼び覚ます。大人なムードをまとったセルフカバー“ENDLESS SUMMER NUDE”も必聴。
③Hi-STANDARD/“BRAND NEW SUNSET”(1999年)
夏休みが終わって久し振りに再会したクラスメイトがなんだか大人びて見える。きっと何かがあったんだと思う。その夏、彼はきっとこんな経験をしたんだろう。『MAKING THE ROAD』に収録されたこの曲に描かれるのは、夏が少年を男にする、そんな瞬間だ。力強いビートと優しげなオルガンの音色が主人公の背中をそっと押す。『GROWING UP』収録の“IN THE BRIGHTLY MOONLIGHT”の続編という説もあるので、併せて聴いてみると、よりそのストーリーがはっきりするかもしれない。
④フジファブリック/“若者のすべて”(2008年)
夏は短い。とてつもなく短い。だからやりたいこともほとんどできないし、言いたいこともほとんど言えない。そして後には山積みの後悔とそれでも捨て切れない予感だけが残る。僕たちが夏の記憶としていつも思い出すのは、楽しさよりもそんな切なさだ。《真夏のピークが去った》という歌い出しから始まるこの曲で志村正彦が描いてみせたのは、そんな「夏」の姿。淡々としたメロディが、ちょうど今の時期の空気によくなじむ。毎年花火を見上げるたびに、この曲が頭の中で聞こえてくる。
⑤NICO Touches the Walls/“夏の大三角形”(2012年)
夏の夜空を駆け巡るようなドラムに支えられて前へと歩を進めるメロディが、サビに入った瞬間に一気に眩しく輝き出す。この瞬間のためだけに何度も何度もリピートして聴いた。ふさぎ込んだ感情が歌われるAメロ〜Bメロに対して、サビではガラッと視野が変わり《三秒間 君に見惚れて/いま全力で恋してる》と堂々歌ってしまう――小難しい理屈や脈絡を放棄して心と心が一直線でつながる、そんな夏の恋の瞬間を見事にキャッチした光村龍哉(Vo・G)の歌詞が見事だと思う。音数を減らしてできた空間を乱反射するようなサウンドデザインも爽快。
⑥back number/“わたがし”(2012年)
“高嶺の花子さん”をはじめ夏の恋を歌った曲をたくさん作ってきた
back numberだが、そのなかでも夏の切なさをいちばん鮮やかに描き出しているのはこの曲だろう。好きな子を夏祭りに連れ出し《よく誘えた 泣きそうだ》と自分を褒め、最後には彼女が口で溶かす《わたがしになりたい》と願う主人公の恋心がただただ甘酸っぱい。近くて遠い片思いの純粋さと残酷さをそのまま音にしたようなピアノの音色でパツンと曲が終わる瞬間、それは夏という夢から覚めた瞬間でもある。
⑦ストレイテナー/“シーグラス”(2016年)
上で“わたがし”について書いていて思い出したが、リリース当時、取材で会ったback number・清水依与吏がこの“シーグラス”を絶賛していた。メロディの美しさもさることながら、この曲が描き出す情景に共鳴したのだと思う。夏の終わりの残り香を振り切るようにアップテンポで走るメロディ。その行く先は恋の悲しい結末を予感させる。タイトルの「シーグラス」とは波に揉まれて角が取れたガラスの欠片のことで、いつの間にか変わっていく心を象徴している。夏フェスでこの曲を聴くと、きゅーっと切なくなる。
⑧おいしくるメロンパン/“色水”(2016年)
おいしくるメロンパンのナカシマ(Vo・G)は日常に潜む本当にふとした光景に心の動き、感情の揺らぎを重ね合わせるのが抜群に巧いが、それはこのデビュー作の1曲目の時点ですでに完成されていたのかもしれない。「色水」というのは歌詞を読むとわかるとおり溶けたかき氷のことなのだが、夏の風物詩であるブルーハワイのかき氷が溶けて「色水」になっていく様子に、季節の終わりと心のわずかな動きを投影してとんでもない切なさを浮かび上がらせるナカシマの歌詞には唸るほかない。神社で撮影したMVもいい。
⑨DAOKO × 米津玄師/“打上花火”(2017年)
DAOKOと
米津玄師がコラボレーションした、映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』主題歌。現在のシーンにおける「切ない声」男女別代表みたいなふたりによる、近いのに遠い距離感を感じさせるデュエットも見事なのだが、何より「これ」を的確な言葉で切り出していく米津の歌詞がすばらしい。《終わらない夏》と言いながらも歌詞のすべてを過去形で綴っていくことで、すべてが終わったあとに漂う儚さをくっきりと浮かび上がらせる。その儚さこそが、ロックが歌うべき「夏」だ。
⑩My Hair is Bad/“君が海”(2019年)
これまで数え切れないほどの恋愛のシーンを歌ってきた椎木知仁(G・Vo)だが、そのなかでも夏は特別な季節である。この曲の《八月の教室には もう誰もいなかった》という歌詞が象徴するように夏は自由と解放の象徴だからだ。しかし、たとえば“夏が過ぎてく”のような「現在進行形」の夏とは違って、この“君が海”の夏は過去にあったはずの夏だ。感情を振り回した夏が《眠るように目を閉じた》後で、この曲の主人公は《いつまでもあの海が君》と言い切る。これは今まで
マイヘアが歌えなかった夏の姿だ。