平手友梨奈が東京ドームで歌った“角を曲がる”はなぜ特別だったのか?

平手友梨奈のソロ曲“角を曲がる”。この曲は、昨年公開された平手の主演映画『響 -HIBIKI-』の主題歌だったが、未だ音源リリースはされていない。初めて劇場で聴いた時も衝撃を受けたけれど、当時はこれを「平手友梨奈の曲」として聴くのはあまりに辛かった。「響」(平手が演じた主人公)という人格が平手と溶け合った曲、もしくは欅坂46の作品のように、楽曲の「主人公」の姿を平手が体現している曲。そう思いたかったのは、“角を曲がる”の歌詞が胸を苦しくさせるほど切実すぎるから。しかし、9月19日に行われた東京ドーム公演で初めてパフォーマンスを目の当たりにし、“角を曲がる”の「私」がはっきり平手の姿と重なった。


このライブ後に公開された同曲のミュージックビデオは、映画と同じく月川翔監督がメガホンを取り、振り付けをCRE8BOYが担当している。2017年の『FNS歌謡祭 第1夜』(フジテレビ系)に平手が出演した際、平井堅の“ノンフィクション”でコラボステージが披露されたが、この時の振り付けもCRE8BOYが手掛けていた。リアルタイムでも大きな話題になった『FNS歌謡祭』の平手のダンスと存在感を思い出すと、今でも胸が熱くなる。特にラストのスクールバッグをひっくり返すシーンは、大勢の人の心に焼き付いているだろう。

今回のMVでは「苦悩しながら生きる葛藤」が映し出されており、そこから逃れたくてもがくような振り付けが印象的だ。どこまでも追いかけてくる黒い影は、他人と生きることで生まれる孤独や、勝手に貼られるレッテルを示す。思えば欅坂46が“サイレントマジョリティー”でデビューした時、平手はまだ14歳だった。その頃に自分が何をしていたか考えると、まだ社会にも出ておらず、家族と学校という限られたコミュニティの中で生きていた人が一番多いと思う。周りとは違った道に進み、いきなり「世の中」という広い世界に対峙した時の気持ちは想像も出来ない。でも、決して楽な道じゃないことはわかる。“サイレントマジョリティー”から平手の表現者としての才能と、彼女に対する世の中の反応を目の当たりにしてきたからこそ、“角を曲がる”で描かれている葛藤は間違いなく平手の中にあったと思わずにいられない。そしてそれは平手だけじゃなく、欅坂46というグループ全体にも当てはまることだ。

「期待通りになれない」ことが自分を苦しめた経験は、きっと誰もが持っている。他人が決める「あなたらしさ」ほど無責任なものはないし、「本当の君はそうじゃない」と言われたところで、自分でも本当の自分がわからなくなることもある。MVの中では、ふたりの平手友梨奈が登場する。片方は微笑みを浮かべてダンスをする彼女、そしてもう片方はその前で地べたに膝をつき、泣いているようにも見える彼女。最後に前者が小さく口を動かしているが、筆者は「ごめんね」だと想定する。そうすると、微笑みを浮かべている方は期待に作り上げられた彼女の姿。期待通りに生きることは、もうひとりの自分を裏切ることになる。

実際に平手自身の胸に秘めた想いが映し出されているように思えるが、本当のところは彼女だけが知っている。それでも私たちの目から見た「平手友梨奈」という人物が表現するからこそ、“角を曲がる”はただのソロ曲ではなく、まるで独白のような魂が宿った作品になっている。そしてMVの再生回数の勢いや、数えきれないほどのコメントや反響で溢れていることは、決めつけに対して抗ったり苦しんだりしていたあの頃のあなたへの肯定でもある。平手が表現し続けている孤独は、誰のことも孤独にしない。(渡邉満理奈)
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