Base Ball Bear・小出祐介が描いてきた「主人公」と「君」の恋物語に惹かれ続ける理由

Base Ball Bear・小出祐介が描いてきた「主人公」と「君」の恋物語に惹かれ続ける理由
Base Ball Bearが今年1月にリリースした8枚目のアルバム『C3』は、バンドがこれまで積み重ねてきた酸いと甘いの経験値が結実したような、非常に芳醇な作品であった。メンバー3人の生音だけで演奏されているにもかかわらず、一つひとつの音の響きがクリアで美しいため、結果的に重厚で流麗なハーモニーが創り出されているサウンド。過去の楽曲群以上に、主人公の心の動きや他人の存在感が良い意味で生々しく、かつ穏やかな筆致で描かれている歌詞。どちらも豊かだが新鮮味もあり、味わい深いものである。また歌詞――とりわけ恋愛を題材としたものについては、アルバム『C3』や同作に関連するEP『ポラリス』、『Grape』(『C3』にはこの2枚のEPの全曲が収録されている)で大きな転換点を迎えたように思える。それはいったいどのような変化なのか、ラブソングの歌詞の変遷を追いつつ、掘り下げていきたい。

Base Ball Bearの楽曲のリリックはすべて小出祐介(Vo・G)が手掛けている。インディーズ時代やメジャーデビューしてからしばらくの彼の歌詞は、10代の青春を舞台に、好意を寄せている相手の姿、振る舞い、表情と、それらに見惚れて気持ちが揺れる主人公、という構図のものが多かった。たとえばメジャーデビュー作となった1stミニアルバムの表題曲“GIRL FRIEND”には《君の表情 緩み始めた 飲み込まれる 覚悟してる》というフレーズが出てくるし、3rdシングル曲“抱きしめたい”には《春風の中、君は花のようだ/広がる髪もスカートも 抱きしめたい》という表現が出てくる。相手の容姿や動作の詳細を描写し、それへのアンサーとして翻弄される主人公の心模様を書くのがこの頃の楽曲の特徴のひとつだった。

最初に歌詞の潮目が変わったのは、個人的にはミニアルバム『初恋』あたりからだと思っている。恋愛対象となる人物の描写はこのあたりから少なくなり始め、どちらかというと主人公の心の動きにウェイトが置かれるようになった。2ndミニアルバムの表題曲“初恋”について言えば、《君》についての情報が一切ない代わりに、《君》に恋慕の思いを抱いてしまったことで、いかに世界の見え方が変わったかということが細かに綴られている。また近年のバンドのラブソングとして人気を博している6thアルバム『C2』収録の“どうしよう”も、《どうしようもないほど 君のことばかりを考えてしまう/どうしようもないこと 浮かべては吹き消して》など、恋に悶える主人公の心情が前面に押し出されたリリックを持つ。これらの歌詞は、デビュー時のように視覚に訴えるような表現に力を入れていたのではなく、逆に目に見えない感情の動きをなんとか言葉で捉えようとしていたからこそ、生まれたのではないだろうか。そういう意味で、小出の恋愛ものにおける作詞は、ここでひとつの変わり目を迎えたと言える。

そして最新アルバム『C3』のリリックは、『初恋』以降の特色を引き継ぎながらも、さらなる発展を遂げていく。具体的に言えば、これまでの楽曲では「相手の言動を受けての心の揺れ」が描かれていたが、最新作ではそれにも触れつつ、「自分から相手に意思疎通を図る(相手にレスポンスを求める)」という、受け身から自発への転向が見られるのだ。《これまで生きてきたこと 僕を形作ってきたことも/わからなくたっていいから いまは僕の目を見て》(“いまは僕の目を見て”)、《水をつぐように僕の名前を呼んでほしい 感じたいんだ ふたりを/同じじゃないから不安になるけど いいんだよ 少しずつ教えて?》(“Cross Words”)と、慕っている相手に真摯に/優しく対話を持ちかけようとする姿勢が顕著。こちら側からあちら側に一方的に視線を投げかけていた過去作とは違い、視線を互いに向かい合わせようとする勇気や喜び、愛情が感じられ、ときめきと幸福感が聴き手の胸にじんわりと沁み渡っていく。ささやかな幸せをこんな柔らかな文体で描き切れたのは、きっとバンドの状態が平穏で良好な証拠だろう。実際、小出は『C3』リリースの際、「コンセプトは、一言で言えば『自分たちそのもの』」とコメントしている。


今回は恋愛真っ只中の曲ばかりをセレクトしてしまったが、『C3』には他にも“Flame”、“Summer Melt”、“セプテンバー・ステップス”など失恋に触れる楽曲も収録されている。それらの作品も、状況説明や相手に関する情報量は少ないが、見事な比喩を用いて心に浮かぶ悲しみを描き出した、過去作にはあまりなかったようなタイプの曲となっている。Base Ball Bearは結成20周年を目前に控えたバンドだが、絶えず新しい展開を繰り出してくるから面白い。これからも3人の感性によって紡がれる、色とりどりの楽曲たちを心待ちにしたい。(笠原瑛里)
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