特別企画! ロッキング・オンが選んだ「2010年代 究極の100枚」からTOP20を発表!(11日目)

特別企画! ロッキング・オンが選んだ「2010年代 究極の100枚」からTOP20を発表!(11日目)

2020年を迎えて早くも初夏に。パンデミックの影響で巣ごもりの時間が長引くなか、音楽を心の拠りどころにする人も多いことでしょう。そこで、ロッキング・オンが選んだ「2010年代のベスト・アルバム 究極の100枚(rockin’on 2020年3月号掲載)」の中から、さらに厳選した20枚を毎日1作品ずつ紹介していきます。

10年間の「究極の100枚」に選ばれた作品はこちら!


2012年
『チャンネル・オレンジ』
フランク・オーシャン


特別企画! ロッキング・オンが選んだ「2010年代 究極の100枚」からTOP20を発表!(11日目)

世界を変えた、甘い甘いメロウネス

本作がなければ、世界はもっと窮屈な場所になっていただろう。

ミックステープや客演ですでに期待のシンガーへと登りつめていたフランク・オーシャンが、同性への苛烈な恋愛感情を抱いたこと、その経験が楽曲に反映されていることを公表したのは、このデビュー作がリリースされる少し前のことだった。そして『チャンネル・オレンジ』は、ひとりの黒人青年による青年に対する恋慕の情、その感傷に覆われたアルバムとなった。アメリカは同性間の結婚を全米で合法化するかまだ決めかねているときで、ヒップホップやR&Bといったオーシャンが属するシーンのホモフォビアやミソジニーは当たり前だった。彼の勇気ある「告白」は、しかし、どこまでも甘くてメロウな愛の歌だった。

出自であるクルー=オッド・フューチャー由来のローファイなサウンド・メイキングを引き継ぎつつ、ヒップホップやソウルはもちろんのこと、ジャズやサイケデリック・ロックまでを視野に入れた横断性を獲得。のちに来る「ポスト・ジャンル(特定のジャンルを超越しているとされる、とくに10年代後半に顕著に囁かれることになった傾向)」のポップの時代を予見したアルバムでもある。チルウェイブ以降のインディ音楽の感覚がうまく取り入れられていて、これまでR&Bがあまりリーチしてこなかった領域のサウンドがアンビエント的音響や微細なノイズの挿入などでなめらかに繋がっていく。

しかしながら、本作をまとめているのは何よりもセンチメンタルなエモーションに他ならない。「男らしさ」が伝統的に誇示されてきたブラック・ミュージックをサウンド的には引き継ぎながらも、「白い」音楽ものみこみながら、オーシャンはただ自分の弱さをさらけ出した。ドレイクが切り拓いた領域をもっとラディカルに推し進めたと言えばいいだろうか、誰もが「男らしさ」のその内側で抱えていた傷や悲しみが、ここではそっと受け容れられる。“スウィート・ライフ”や“スーパー・リッチ・キッズ”に横たわる退廃、“ピラミッズ”や“ロスト”で吐露される混乱、それらはとても柔らかい感触をしている。そして“バッド・レリジョン”と“フォレスト・ガンプ”における、恋の終わりの甘美な痛み。それはセクシュアリティもジェンダーも超えて、ひとりひとりの胸に深く染み入ったのだった。(木津毅)
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