加藤和彦、逝去

加藤和彦が、本日10月17日(土)に長野県軽井沢町のホテルで亡くなっているのが発見された。享年62歳。部屋には遺書のようなメモが残され、遺体の状態などから警察は自殺の可能性も含めて捜査を進めている。

加藤和彦は1965年にザ・フォーク・クルセダーズを結成し、初のシングル“帰ってきたヨッパライ”が大ヒットする一方、2枚目のシングルで朝鮮半島の南北分断に触れた“イムジン河”をカバーし、発売中止になったことでも話題となっていた。ザ・フォーク・クルセダース解散後は、ソロで大ヒット曲“あの素晴らしい愛をもう一度”をリリースし、ドノヴァンのカバーや一時期ドノヴァンとの交遊関係もあったことから「トノバン」の愛称で親しまれていた。

その後、1972年にサディスティック・ミカ・バンドを結成。日本のバンドとしてロキシー・ミュージックのオープニング・アクトを初めて務め、イギリスツアーを敢行するも妻の福井ミカ(Vo)との離婚をきっかけに解散。吉田拓郎の“結婚しようよ”や泉谷しげるの“春夏秋冬”のプロデュースやアレンジも務めており、多くのヒット曲を世に送り出してきた。近年では、坂崎幸之助とのユニット、和幸や、小原礼、土屋昌巳、屋敷豪太とのバンドVITAMIN-Qなどでも活躍。

サディスティック・ミカ・バンドは1989年に加藤和彦、高橋幸宏、小原礼、高中正義の4人に加え、ボーカルに桐島かれんを迎えてsadistic Mica Band(ミカの表記が変更)として再結成。さらに、06年には上記4人に加え木村カエラをボーカルに迎えて同名で再々結成し、07年には映画『サディスティック・ミカ・バンド』が公開された。
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