元ステレオフォニックスのスチュアート・ケーブルの死因は急性アルコール中毒による窒息死と判明

元ステレオフォニックスのスチュアート・ケーブルの死因は急性アルコール中毒による窒息死と判明 - 1999年作 『パフォーマンス・アンド・カクテルズ』1999年作 『パフォーマンス・アンド・カクテルズ』

今年の6月に急死したステレオフォニックスの元ドラマーのスチュアート・ケーブルだが、検死と周辺捜査により、3日間酒を飲み続けた結果、睡眠中に嘔吐物を喉に詰まらせて窒息死したということがわかった。

スチュアートは6月7日の朝、ウェールズのエイバーデア近郊にある自宅のキッチンで倒れているところをガールフレンドのレイチェル・ジョーンズに発見されたが、この時点でもう呼吸は止まっていた。

スチュアートの一連の酒宴は6月4日、ラグビー・クラブで元妻と息子と痛飲したことから始まった。その翌日の5日、スチュアートはカーディフでBBCラジオのレギュラー番組の司会を務め、その後、地元のパブ、ウェルシュ・ハープでまた飲み始めた。

その後、自宅に帰宅したが、友人のサイモン・コリアーと一緒だったため、自宅で翌朝(6月6日)の5時まで飲み続けることになった。午後に起きるとサイモンはまたパブでサイモンと落ち合い、そのまま飲み始めた。

6日の夜11時頃、スチュアートはガールフレンドのレイチェルにパブからタクシーで帰るつもりだということを伝えたが、その前に中華料理屋にテイクアウトの惣菜をパブにまで届けるように注文してほしいとレイチェルに依頼した。それを拾って友人と自宅に帰るとスチュアートは言っていたとBBCは伝えている。

自宅に戻ったスチュアートは「非常に酩酊していたが、冷蔵庫からウォッカの瓶を取り出してそれも飲み続けた」と捜査にあたったリッチー・ジョーンズ刑事は検死報告で説明し、さらにこう続けた。「スチュアートはその後もジャック・ダニエルを飲み続け、ソファーで寝入ってしまったところ、レイチェルが起そうとして額を掌で叩いたり、まぶたをひっぱってみたりした」。

しかし、どうしてもスチュアートが起きないので、レイチェルはスチュアートをそのままにしてひとりで寝室に向かった。その後、6月7日の朝5時30分頃、レイチェルはスチュアートが床に倒れているのを発見した。

ジョーンズ刑事はこう説明する。「レイチェルは、スチュアートのかっこうが最後にソファーで寝ていたかっこうと同じだったので、すぐになにかがおかしいと感づき、スチュアートの気管に吐瀉物が詰まっていることに気がついた」。

レイチェルはすぐさま表の通りに出て、最初に通りがかった車を停めたところ、それはスチュアートの従兄弟のアーロン・ケーブルの運転する車だった。アーロンは救急車が到着するまでに何度か蘇生法を試みたが、スチュアートは息を吹き返さなかった。

病理医のデヴィッド・ストック医師は重度のアルコール中毒から嘔吐した吐瀉物を喉に詰まらせたことによる窒息死と死因を断定した。

スチュアートは03年にステレオフォニックスからの脱退を勧告される形でバンドを去った。その後は、ラジオやテレビの司会業などで新しいキャリアを順調に築いていた。

(c) NME.COM / IPC Media 2010
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