ダウンロード盤、CD盤のリリースに続き、いよいよ新聞バージョンの発送が始まったレディオヘッドの『ザ・キング・オブ・リムス』だが、1995年の『ザ・ベンズ』以来、レディオヘッド作品のアートワークを手がけてきたスタンリー・ドンウッドはバンドの最新作のジャケット・アートのインスピレーションとなったものや意図などを明らかにしている。
「このアルバム全体のアイディアというのは、まるでこれまでは存在していなかったようなものを作り出すということだったから、それで透明アナログ盤や新聞バージョンなどというフォーマットを選んだんだよ」とスタンリーはピッチフォークに説明している。
さらにスタンリーは前作『イン・レインボウズ』との対比をこう語っている。「『イン・レインボウズ』はすごく巨大で、へヴィーで本質的なものだったわけで、その気があったら、この作品を使って人を殺すことだってできたはずだと思うんだよ。それだけ揺るぎないことをバンドはこの作品で言っていたわけで、そういう地点には今のレディオヘッドはいないんだよね」。
「バンドが今いる場所は一過性のところなんだよ。たとえば、新聞が出版されてもニュースや報道が止まるわけではなくて、新聞が出版された瞬間にはものごとがどういう具合だったのかというスナップショットが新聞という形で提示されるだけなんだよね。それと同じようにこの作品はリリースされた今この瞬間にレディオヘッドがどういうところにいるのかを捉えた作品になってるんだ」
ちなみにスタンリーが英語版のレディオヘッド新聞で特に気をつけたことのひとつとして、アメリカの1930年代の大恐慌期に発行されていた新聞各紙で実際に使われていたさまざまなフォントを書体として使っていることだとか。「今じゃ景気が悪くなると『クレジット・クランチ(信用逼迫)』と露骨に言うけど、30年代には『ディプレッション(抑鬱、不景気)』と言っていたわけで、暴落を示す言い方を意図的に避けてたんだよね。すべてがそういう曖昧で婉曲的な言葉遣いになっていたんだよ」。
また、今この時代においてここまで凝ったパッケージを作っていくことについてはこう説明している。「もともと音楽のパッケージとは昔はすごくシンプルなものだったんだよね。音楽そのものの作られ方がアナログだろうと、テープだろうと、CDだろうと、その内容でパッケージも左右されたものだったんだ。でも、今ではそんなパッケージはまったく無意味なものになったわけで、今はアートをたくさん作ってそれをデジタル・ファイルとして売ることができるようになったわけだよね。そうした意味ではぼくたち全員が実は解放されたといってもいいんだよ」。
「でも、その一方で、音楽作品のパッケージというものは今ではジェイムズ王訳聖書(1611年にイギリスの国王ジェイムズ1世の命で刊行された、ヘブライ語とギリシャ語から当時の英語へと直接翻訳された聖書。その格調の高さから今も広く愛読されている)と同じようなものになってるところがあるんだよね。その見た目と装いがコンテンツをよりスピリチュアルなものにしてくれるっていう錯覚が働くというか。今回、新聞というフォーマットを試みたもうひとつの理由がここにもあるんだよ。『新聞に収録してしまうことで、スピリチュアルだったり恭しい雰囲気は取っ払ってしまおう』と思ったわけなんだよ。音楽は頭の中で聴くだけのもので、それだけのものなんだ。それ以上の意味を与えるべきじゃないんだ」
ちなみにスタンリーはまだ作品の仕上がった音を聴いていないとか。「まだ、アルバムはまともには聴いていないんだよ。完成したものをしっかりまだ聴いていないんだよね。制作中だった音源を聴いていただけでね。レコード会社からアナログ盤を送ってもらうのを待ってるところなんだよ!」
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