フレディ・マーキュリーの墓、発見後、忽然と消失したことが明らかに

フレディ・マーキュリーの墓、発見後、忽然と消失したことが明らかに

先頃、墓誌が見つかったと伝えられていたクイーンのフレディ・マーキュリーだが、その後、墓碑から墓誌が取り除かれてしまったという。

墓碑はロンドンのケンザル・グリーン霊園にあり、小ぶりな塔のような墓碑に同じ場所に散骨されたほかの人々の金属板の墓誌がいくつも貼りつけられてある作りになっていて、そこにフレディの本名であるファルーク・バルサラと記され、フレディの生年月日と歿日が記された墓誌の銘板が発見されていた。しかし、ここにきてその墓誌となっている銘板が取り外されてしまったという。

あるファンは『デイリー・ミラー』紙に次のように語っている。

「まるで蒸発してしまったかのように消えてしまったんです。ようやくフレディの墓が見つかったと思ったら、こんな展開で、まったく新しいステージに入ってしまいました。とても普通じゃないことだし、どういうことなのだろうと、大変気になりますね」

フレディはケンザル・グリーン霊園で火葬され、その後の埋葬に関しては生前に交際したこともあり、生涯の友人だったメアリー・オースティンのみが知っているとされていて、墓誌もメアリーが施したものだとされていた。なお、墓誌には次のようにフレディを偲ぶ一文が添えられていた。

「ファルーク・バルサラの愛しい思い出に。Pour Etre Toujours Pres De Toi Avec Tout Mon Amour (わたしのすべての愛情をもっていつまでもあなたの近くにいるために) M.」

しかし、メアリーはかつてフレディがどこに埋葬されたのかを明かすつもりはないと次のように公表していた。

「フレディとは臨終の際に遺灰がどこに埋めてあるのか公にしないように約束をしました。どこにあるのかは知っていますが、それ以上のことは言えません」

フレディはエイズによる気管支肺炎で1991年11月24日に息を引き取り、11月27日にケンザル・グリーン霊園で葬儀が執り行われ、クイーンのブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコンとエルトン・ジョンのほか、近親者や友人ら総勢35名のみが列席した。

なお、問題の墓誌について霊園のスタッフはフレディ・マーキュリーのものとは知らなかったと語っていて、さらにどれほど前に取りつけられていたのかも知らないと説明している。

消失する前の墓誌を伝える動画はこちらから→
http://www.youtube.com/watch?v=nUrvhfcuwA0
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