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 「Next Artist /くるり」とスクリーンに表示された途端、フロアはどよめき、メンバーの名前を口々に叫び始める。20分遅れての開演、岸田は「くるりです」と短く挨拶をした。本フェス2日目、ついにラスト・アクトを迎えた。 
 混沌としたダブっぽいインスト“ジョゼのテーマ”で幕開け。ベース、ドラムの重い響きが腹にどろりと絡み付いてくるような、7分の長尺。この段階で会場は既に、くるりの魔境に連れ去られていた。うってかわって軽やかな“ハイウェイ”、“ワンダーフォーゲル”、そして、11月に新しく加入したばかりの赤シャツ&メガネのナイス・ガイ、ドラムのクリストファーの凛とした声で「ワン、トゥー!」とカウントされた“オールドタイマー”とテンポよく畳み掛ける。暗い部屋に光が差し込み徐々に視界が開けていくように、ステージもフロアも熱が高まっているのが伝わってきて、鳥肌が立つ。
 「広い会場にたくさんの人が集まっていて、すごい、人が……なんちゅうかな? 砂のように見えます。くるりです、どうも」と、いつものぶっきらぼうで微妙な笑いを含んだ岸田のMC。「2曲ほどまったりした曲をやります」と告げて演奏された“RACE”“黒い扉”では、クリストファーの、たっぷりとした優雅なタメとアタックの鋭さとのコントラストに目を瞠らされた。そして、その彼と新しい関係性を築くという課題に挑んだメンバーらの真摯さが、バンドのアンサンブルに、ほとんど官能的なほど心地よい緊張感を与えていたのではないか。
 「こういう年の瀬を迎えられているあなたがたは、非常にロックな方々やと思います。あなたたちは正しい!」と岸田はまたもや笑わせる。“東京”“街”“マーチ”……コード展開や転調など、これらの曲の構成そのものが持つダイナミズムに、私は映画的な美学を感じてしまう。特に今日の“街”は圧巻で、「切なくもどかしく苦しいが、喜びも自由もすべてがここにある幸せと孤独」、というような思念が、言葉を経由せず、この幕張メッセという巨大な空間にダイレクトに像を結んでいた。そしてその像を浴びるように観て、ただただ心が震えてしまった。圧巻だった。
 MCにつづいて、2月にリリースされる新曲“ロックンロール”、そして最後には“HOW TO GO”。騒いで踊って生ずるフィジカルな熱よりも、もっともっと熱くて長いあいだ冷めない、静けさに覆われた高揚を、くるりのライヴはもたらしてくれた。 
 アンコールの歓声に、再登場。「慣れないもんで、すみません」と、演奏曲目を顔寄せ合って相談する4人の姿は微笑ましかった。ラストは“虹”。もちろん、最高だ。「明日5時に、またここでお会いしましょう」。また明日ここでくるりに出会えるなんて、あまりにも幸福で、しばらく放心してしまったほどだ。(大前多恵)