DAOKOは、そこにいるのに肉体はそこにはなくて、どこか遠くから転送されてきたネット上のモノノケのような佇まいの少女だった。
つまり、音源のイメージのままということだ。
しかし、その声は、今の思春期の少女の中身がたくさんの言葉をぶら下げながら外側に飛び出してしまったような、異様な生々しさを持つものだった。
何か共通の動きとかで楽しめるようなライブではないが、目の前に幻影のような存在が立っていて、生き物のような歌を放ち続けている、それはまさにライブならではの体験であり、とても楽しく、そして不思議な安心感があった。
DAOKOは、すべてが新しい。(古河)
DAOKOをSHIBUYA WWWで観た
2015.04.06 22:50