ドラマ『このサイテーな世界の終わり』はシーズン2までトータルで観るとより大傑作

2017年にイギリスのChannel4でシーズン1が放送、本国以外ではNetflixで配信されて話題となったドラマ『このサイテーな世界の終わり』(個人的には原題の『The End of the F***ing World』の呼び方が圧倒的に好き。音楽はブラーのグレアム・コクソンが担当)。
先日、シーズン1の2年後を描いたシーズン2が配信されたので、シーズン1を観た人はもちろん、まだ観ていない人はこれを機に一気に観てほしい。
あの作品を愛している人ほどシーズン1の続きがあってほしいような、永遠にあの衝撃的で残酷で美しいラストのままでいてほしいような、複雑な気持ちがあったと思うのだが、そういった気持ちも全部汲んだ上で、絶妙の角度でジェームスとアリッサ、そして物語から零れ落ちていたもうひとりの新たな主要人物があのテンポと空気感を進化させながら動き出し、より深いラストに向かってうねりながら進んでいく文句なしのシーズン2となっているのだ。

ここにはまだ内容に関わることは詳しく書かないが、改めてシーズン2まで観て強く感じたのは、何かが大きく欠けている、そしてそれを自覚できずに、自分を救えずにいる人にとって、まるでロックンロールのようにダイレクトに唯一無比の救いをくれる作品になっているということだ。

何かが大きく欠けていることを人に知られてはいけない、他人の大きな欠陥は通報して駆除するのが善意だと思って疑わない人たちで溢れるF***な世界。
そんな世界でジェームスは自分のことをサイコパスだと思い込んで生きていたが、別の形で自分より遥かに不器用に大きな欠陥を隠せず生きているアリッサと出会い、犯罪を繰り返しながら旅をする中で、自分の欠陥を見つめ、そしてこの世界のすべてが欠陥だらけであることを学びながら、自分の感情の在り処を見つけていく。
シーズン2は、どちらかと言うとアリッサの心の中の方にフォーカスを当てながらのスタート。
ふたりの成長と諦めが入り混じったオフビートな絶望に、新たなキャラクターであるボニーの底知れない絶望が絡み合い、よりF***な世界の、より深い終わりの場所へと辿り着く。
そこにあるのが光なのか闇なのか、ぜひふたりと一緒に旅をして、その目で確かめてほしい。
1話約20分の、S1、S2合わせて16話なので約5時間半で一気見できてしまいます。(古河晋)
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