前回の続きです。「地方で入らなかった」という結果になったのには、もうひとつ理由がある。
というか、前回書いたことよりも、こっちの方が大きいと思う。
それは、このトータスのソロが、言わば「ぬるっと」始まったことだ。ウルフルズと並行してソロを始めた。
そしたら、すごい作品ができてしまった。
かといって、ウルフルズはやめたくない。
でも、ソロでしかできないことが、今、明確にある。
というので、さんざん悩んだ結果、ウルフルズを休止して
ソロに集中することにした。よって、ソロ始動→ウルフルズでも活動→ソロのアルバムが出てツアーも発表
→ウルフルズ休止を発表→休止ライブから3週間も経たずにソロ・ツアー、
ということになった。
だから、地方では入らなかったのだ。例えば、ウルフルズを活動休止して、1年くらい一切沈黙した上で、
ばーんと再始動&ソロ・デビューを発表して、ツアーを回ったらどうなったか。
あっさり全会場埋まっただろうと、僕は思います。というかね。例えば、民生がユニコーンをやめてソロになった時は、どうだったか。
ちゃんと沈黙があって、その後、まずシングルだけ出して、
確かテレビはちょろっと出たけど、取材とかは全然受けなくて、
その後の動きも発表されなくて、さあどうなるどうするって
期待が高まりきったところで、ばーんとアルバムとツアー、だったでしょ。吉井和哉に至っては、ソロで始動しても、最初の作品の頃は、
ライブやんなくて、もうためにためた上で、初めてツアーやったでしょ。
いや、別に「ためるぞお」とか思って、ためたわけじゃないだろうけど。つまり、民生も吉井も、バンドをやめてソロに向かう時の
ストーリー作りが、うまくできていたわけです。
意識的にか無意識にか知らないが。それが、トータスはできなかったわけです。
なんで。本当に自分の心の向かうままに、ソロを始め、
ウルフルズ休止を決め、ソロ本格始動をすることにしたがゆえに、
作戦とか戦略とか、そういうことを一切考えなかったからです。それだけトータスは正直だ、とも言えますが、不器用だとも言えます。
それに、本人からしたら「なんで1年も空けなあかんねん!
俺はすぐやりたいねん!」とか言いそうだ。
だったら、そのストーリーが作れなかったなら作れなかったなりの規模で、
ツアーを始めればよかったわけです。
とりあえず、東京・大阪はZEPP、それ以外の地方はクアトロとかで。
そしたらちゃんと埋まっただろうし、「うわあ、ソロになったら
スケールダウンしたわあ」ではなくて、「ああ、まずは試運転なんだな」
っていうふうに見えたのではないか。
と、僕は思います。長々と2回にわたり書いてしまいましたが、
つまり、何が言いたいのかというとですね。入らなかったぐらいでオタオタするな。ということです。
ここまで読んでいただければわかるように、
この1stツアーの動員が、地方で苦戦したことの原因に、
あなたの音楽そのもの、ライブ・パフォーマンスそのものは、
一切関係ないよと。むしろ、最初のツアーからいきなり、これだけすばらしいことが
できているんだから、「まあ、これなら近いうちにちゃんと届くやろ」と、
どーんとかまえてなさいと。
大丈夫だと。そういうことが言いたくて、延々書いてしまいました。
書いていて、「これ、本人に直接言えって話かも」と
思ったけど、昨日終演後にあいさつした時は、
関係者がごったがえしていて、とてもこんな
長い話をする状況ではなかったし、そもそも付き合いは長いものの、
個人的に伝える方法があるほどプライベートな関係ではないので、
ここに書いてしまいました。あと、あのブログを読んで、僕と同じように「ああ……」とか
「うーん」とか思ったであろう、ファンのみなさんに
読んでほしかった、というのもあります。松本さん、もしこれを読んで、クレームとかがあったら、
直でお願いします。
私の携帯とメアドは、事務所のどなたかがご存知だと思いますので。