ブルース・スプリングスティーンが全曲のカタログを史上最高額の約600億円で売却! ディラン、レッチリ、ザ・キラーズまで。なぜ今アーティストがカタログを売るのか? 音楽業界の方にも訊いてみた!

ブルース・スプリングスティーンが全曲のカタログを史上最高額の約600億円で売却!  ディラン、レッチリ、ザ・キラーズまで。なぜ今アーティストがカタログを売るのか?  音楽業界の方にも訊いてみた! - pic by DANNY CLINCHpic by DANNY CLINCH

ブルース・スプリングスティーンが最近、自分の全楽曲の「原盤権」と「音楽出版権」を米ソニー・ミュージックグループに売却した。金額は正式には明かされていないが、史上最高額の5億5000万ドル、約600億円と報じられている。

この契約が驚きなのは、原盤権と音楽出版権と言ったら自分の作品のすべてを売ってしまったことになることだ。

ソニー・ミュージックが発表したプレスリリースによると、この契約は、『明日なき暴走』や『ボーン・イン・ザ・USA』など彼の代表作も含む全楽曲の原盤権と音楽出版権を網羅する。スプリングスティーンは米コロンビア・レコーズ(ソニー・ミュージック)と1972年に契約を結び、1973年に『アズベリー・パークからの挨拶』を発表。最新作は、去年発売した20作目となる『レター・トゥー・ユー』となる。

スプリングスティーンはこれに関して以下のコメントを発表している。

「1972年にコロンビア・レコーズと契約したことは正しかった、そう心から言えるアーティストが私だ。この50年間、ソニー・ミュージックの皆さんは、アーティストとしてもひとりの人間としても、私に最大限の敬意をもって接してくれた。私のレガシーが、私が知り、信頼している人々と会社によってこれからも大切にしてもらえることに感激している」


アーティストが音楽出版権を売却するのは、去年の12月ボブ・ディランが彼の全作品600曲以上を3億ドル(約330億円)で売ったことに始まり、その後も、ポール・サイモンニール・ヤングから最近ではレッド・ホット・チリ・ペッパーズに、まだ若いと言えるザ・キラーズまでが売却するトレンドとなっている。

ただ、スプリングスティーンとディランの売却には大きな差があり、それは、ディランは、「音楽出版権」だけを売る契約であったのに対して、スプリングスティーンは、「音楽出版権」だけでなく、「原盤権」(=マスターテープ)も売ったことだ。テイラー・スウィフトが今、必死で全アルバムをレコーディングし直して取り返そうとしているマスターテープだ。

この1年間に「音楽出版権」を売った主なアーティストは以下の通り。金額などは全て推定額。

1. ボブ・ディラン 全カタログ600曲以上 3億ドル(約330億円) ユニバーサル・ミュージックへ
2. ポール・サイモン 全カタログ 2億5千万ドル ソニー・ミュージックへ
3.ニール・ヤング 全1180曲の50% 1億5千万ドル Hipgnosis へ
4.レッド・ホット・チリ・ペッパーズ 2020年以前の全カタログ1億4千万ドル Hipgnosis へ
5.スティービー・ニックス 全カタログの80% 1億ドル Primary Waveへ(*”Dream”がTikTokでバズった直後に)
6.イマジン・ドラゴンズ 『Origins』までの全カタログ 1億ドル Concord へ
7.デヴィッド・ゲッタ 全カタログ 1億ドル ワーナー・ミュージックへ
8.モトリー・クルー 全カタログ 9000万ド Primary Waveへ
9. ZZトップ 全カタログ 5500万ドル BMGへ
10. ティナ・ターナー 全カタログ 5000万ドル BMGへ
11. リンダ・ロンシュタット 全カタログ 5000万ドル Iconic Aristsへ
12.サン・レコーズ ジョニー・キャッシュなどを含むカタログ。ただしエルヴィス・プレスリー以外、ロゴ、ブランド、レストランなど 3000万ドル Primary Waveへ
13.レイ・チャールズ 1964年以前に書いた曲の大半 Primary Waveへ
14..ブロンディ 全カタログ Hipgnosisへ
15. クリッシー・ハインド&プリンテンダーズ 全カタログ164曲 Hipgnosisへ
16. ディーヴォ Primary Waveへ
17. リッチー・サンボラ 全カタログ Hipgnosisへ
18. シャキーラ 現時点の全カタログ145曲 Hipgnosisへ
19. マッシヴ・アタック 全カタログの3分の2 Round Hillへ
20.ザ・キラーズ 2020年以前の作品全て(『Hot Fuss』から『Wonderful Wonderful』までの計5枚) Eldridgeへ
21. ジミー・アイオヴィン(ブルース・スプリングスティーン、U2などのプロデューサーとして) 259曲の印税を Hipgnosisへ
22. L.A. リード 全カタログ(ホイットニー・ヒューストン、ボーズIIメンなど) Hipgnosisへ
23.ジャック・アントノフ(自身の曲の他、テイラー・スウィフト、ロードラナ・デル・レイなどのプロデュースした曲)200曲以上  Hipgnosisへ
24.マーク・ロンソンエイミー・ワインハウスブルーノ・マーズなど含む)全カタログの70% Hipgnosisへ

この1年間に限ったもので、全アーティストを書かなくてもこれだけの数だ。レジェンドのみならず、まだ現役で活躍中のアーティストや、プロデューサーなども含まれているのが興味深い。

しかしこの上記の契約の大半は、「音楽出版権」のみで、スプリングスティーンは、「原盤権」まで手放したのが驚きなのだ。スプリングスティーンに詳しい音楽業界の方に訊いてみた。

●ブルース・スプリングスティーンが「原盤権」と「音楽出版権」の両方を売却した契約について率直にどう思いましたか?

「正直驚きました。元々原盤と出版を取り返して(P)(C)Bruce Springsteenとなっていたアーティストなので。しかし、それを他ではなくデビュー以来ずっと変わらずに所属していたソニー・ミュージックと契約したのは、これまでの世界各国のソニー・スタッフとの信頼関係が築けていたからではないか、と予測します。ブルースのコメントからもそれが伺えます。しかし、原盤も含むってところが特に驚きましたね」

●「原盤権」と「音楽出版権」があることで、ソニー・ミュージックが今後どのようなことができると予測できますか?

「正直、契約の内容、詳細、範疇が分からないので、なんとも言えないのですが、基本的には、権利内にあるもの、原盤に関しては、フィジカル、デジタルでの発売(アーカイブ・シリーズのリリースなど?)などが予想されます。

また、出版の部分では、CMなどで使うことも考えられますが、これまでのブルースの信条やソニーとの関係性を考えると、なんでもかんでもというような乱暴なやり方は絶対にしないと思われます。その都度アーティスト側とコンセンサスをとっていくのではないかと」

●アーティストのクオリティを管理する上で、安全な選択と言えると思いますか?

「そういう意味で、これまでずっと知っていて、信用の置ける人たちがいるソニーを選択したということだと思います」

●ボブ・ディランから始まったこのトレンドの理由は何だと思いますか?

「全く個人的な見解ですが、終活的な部分は少なからずあると思います。

ブルースは息子は消防士で、娘は馬術選手と、きっちりとまっとうな人生を歩んでいます。ブルース自身の手元に権利を置いておく=ブルースが亡くなってしまったら、それを誰かが引き継いで管理していかなくてはならない。

それだったら今のうちにブルースの意志もしっかり伝えて、こういう形で自分が信頼できるところに預ける方が良いだろうということ。金銭的なものが大きく報じられてますが、それは今後の利益に対する『対価』なのではと思います。ブルース自身は、お金に執着する必要はもはやないと思います。

投資家的な視点で言えば、フィジカル、デジタルと移り変われど、音楽はなくならないわけで、著作権は更に二次使用的な部分も含めて今後とも利益を生み出していくでしょうから、その価値に投資するということは安定・安全でしょうし、いずれにしても昔から行われてきたことだと思います」

この方が予想している通り、NYタイムズ紙も同様のことを書いている。例えばクオリティの管理について、スプリングスティーンは、これまで自分の楽曲をCMなどに一切使ったことがない。今年キャリアで初めてJeepのスーパーボウルのCMに本人が登場したが、ここでも彼のヒット曲が使われたわけではない。

NYタイムズ紙によると、恐らくソニー・ミュージッックとの契約の中に、CMでの使用などの規制があるのではと予想されている。


ちなみに、原盤(マスターテープ)権と音楽出版権の違いを簡単に説明すると、原盤権とは、レコーディングされた曲そのものを保有する権利だ。テイラー・スウィフトの場合だったら、テイラーが歌い、参加したバンド・メンバーが演奏し、アルバムとして発売した形。この権利を持つと、例えば、CMでそのままの形で曲を使うなどの権利も自分で保有することになる。その曲が、アルバムに収録された形で売られれば、もちろんその印税が入る。

音楽出版権というのは、それとは違い、パフォーマンスは含まない曲のみの権利。パフォーマンスした人ではなくて、曲を書いた人が持つ権利だ。ジャック・アントノフやマーク・ロンソンなどが自分の作った他のアーティストの曲を売っているのはそのためだ。誰かがカバーしたりしたり、映画やTV、ラジオ、カラオケで曲が使われると印税が入る。

ミュージシャンの現在の収入源の多くは、ツアーによるものなので、全体から言ったら、この音楽出版権で入る収入というのは非常に地味だ。しかし、今回この権利を売るのがこれだけのトレンドとなっているのは、いくつか理由がある。

これは以前「コレポン通信」(洋楽誌ロッキング・オン連載)のページでも書いたけど、それを要約。

1) コロナ禍でも人が音楽を聴き続けたから:
世界が同時に体験した前代未聞の非常時に、人々は音楽を聴き続けた。アーティストはツアーができなかったが、ストリーミング数が減少することはなかった。つまり様々な産業が打撃を受けた時代に、実は最も安定した投資であることに、投資家が目をつけた。

2)財産管理が楽だから:
インタビューに答えてくれた音楽業界の方も言っているように、大御所のアーティストは自分が亡くなった時のことを考え始めている。音楽出版権による印税というのは、毎年少しずつ入ってくる。それを誰かが永遠に管理し続けるよりも、例えばディランだったら今330億円もらった方が家族のためにも楽だ。

さらに、ディランの場合は、1年に入る印税の25倍が支払われたと言われている。またレッチリには、現在1年間に入る印税の約28年分が支払われたと言われている。

3)税金が間もなく上がるから:
音楽出版を売却した際に払う税金の方が、音楽出版を保持し続けて毎年払う税金より安い。さらに、1月以降にバイデン政権が、1000万ドル以上の収入の税金を上げる可能性がある。

4)コロナ禍でツアーができなかったから:
ミュージシャンも自分がツアーができなくなり、自分の資金を見直す必要に迫られた。デヴィッド・クロスビーがこうツイートしていた。
「貯金もない。退職金制度にも入ってない。音楽出版権が唯一、自分と家族を養うための選択肢だ」と。コロナ禍で収入源の大半だったツアーができなくなった中、価値が変わらなかったのが、音楽出版権だった。ミュージシャンもその価値に気付いた。

5)古い曲の方が聴かれているから:
オリヴィア・ロドリゴだ、ドレイクだと、今年発売された曲のストリーミング数が記録的な数字となり大騒ぎされているが、ストリーミングにしても、結局聴かれている曲の半分以上の66%は18ヶ月以上前の曲であることが判明。古い曲の方が聴かれる=価値が高い。

6)今が売り時だから:
コロナで経済が不安的な世の中で、安定した投資とみなされた音楽の音楽出版権の価値が今高く評価されている。例えばレッチリに今の印税の28年分が支払われたが、実際に28年後にレッチリがどれくらい聴かれているのか誰にも分からない。

現時点までの音楽出版権を売ったNO I.D.がコメントしていたけど、「株価と同じで、今自分の作品は最高値を付けていると思う」と判断。それが、若いミュージシャンもこれまでの作品を売却している理由だ。

7)革命的な投資家が出現:
上のリストで、Hipgnosisへ売ったアーティストが多くいるが、これは、Merek Mercuriadisという人物がナイル・ロジャーズと共同創設した音楽出版社だ。

彼はカナダ生まれの音楽ナードで、19歳で手紙を書いて自分が好きだったヴァージン・カナダに入社。その後、ヴァージンのUKオフィスに移り、A&RとしてUB40XTCなど担当した後に、Sancuary Musicに参加し、ラフトレード・レコーズの創設に関わり、ザ・ストロークスザ・リバティーンズアーケイド・ファイアなどの成功にも大きな影響を与えた。

さらにマネージメント会社にも関わり、エルトン・ジョンビヨンセザ・フーロバート・プラントメガデスキッスルー・リードモリッシーガンズ・アンド・ローゼズなども担当。

2019年にHipgnosisを創設。
「人々は、音楽そのものに、金や石油と同じくらいの価値があることに気付いてない。曲そのものがなければ、音楽産業は存在すらしない」と語り、これまで最も地味な扱いを受けてきた音楽出版権にどんどん投資を始めた。

彼は、ニール・ヤングを7歳の時に聴いて以来、彼の音楽が自分の人生の友だったと語り、「ニール・ヤングが仕事したいと思ってくれるような会社を作りたい」と会社を創設。実際に、ニール・ヤングの音楽著作権を買っている。また、彼が買うことで、音楽出版権への価値を上げたいと思っているそうだ。「90%のアーティストが、人に曲を書いてもらっている時代だから」と。

コロナがまだ続きそうなので、このトレンドも続くかもしれない。

今交渉中と言われていて、注目されているのは、デヴィッド・ボウイと、スティングだ。ボウイは2億ドルでワーナーが交渉中という噂で、スティングは、2億5千万ドルで、ユニバーサルが交渉中と言われている。



ブルース・スプリングスティーンの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』1月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。

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