オリエンタルな色合いはパスピエらしい個性だが、この曲を聴いていて圧倒的に耳に残っていくのは、力強く進む肉体的なリズムと、そのリズムと呼吸を合わせるように弾み躍る大胡田なつきの歌だ。「等身大の自分なんてどこにもいなかった」と過去を振り返り、「永すぎた春」の先へと向かおうとする歌詞に宿る意思。そこにはイメージの世界で遊び、ときに音からも自由になりながら自分の世界観を飛び回るこれまでの大胡田の歌詞とは違うタフさがある。パスピエは『娑婆ラバ』でバンドとしての肉体を手に入れた。そしてその先へ、より強靭な肉体とともに進む。”永すぎた春”が指し示すのはそんな未来だ、と思う。実際、この曲を初めてライブで聴いたときの確かな手応えは、今も身体に染み付いている。ちなみに、7月30日発売のJAPANではインタビューも掲載されるので、そちらもチェックを。
いよいよ発売、パスピエ“永すぎた春“のリズムと歌が示すもの
2016.07.26 23:52
オリエンタルな色合いはパスピエらしい個性だが、この曲を聴いていて圧倒的に耳に残っていくのは、力強く進む肉体的なリズムと、そのリズムと呼吸を合わせるように弾み躍る大胡田なつきの歌だ。「等身大の自分なんてどこにもいなかった」と過去を振り返り、「永すぎた春」の先へと向かおうとする歌詞に宿る意思。そこにはイメージの世界で遊び、ときに音からも自由になりながら自分の世界観を飛び回るこれまでの大胡田の歌詞とは違うタフさがある。パスピエは『娑婆ラバ』でバンドとしての肉体を手に入れた。そしてその先へ、より強靭な肉体とともに進む。”永すぎた春”が指し示すのはそんな未来だ、と思う。実際、この曲を初めてライブで聴いたときの確かな手応えは、今も身体に染み付いている。ちなみに、7月30日発売のJAPANではインタビューも掲載されるので、そちらもチェックを。