「僕らには自分たちが魔法みたいなことを具現化してるって実感が必要なんだ。すべてが溶け合うんだよ。プレイする時にはみんなに気を鎮めさせて、神経を研ぎ澄ませ、幽体離脱したみたいな状態に持っていく。自分でプレイしてるというより、まるでレコードを聴いてるみたいな状態に陥らせるんだ」
今回リリースが実現したプリンスの『ウェルカム・2・アメリカ』は2010年に完成されていながら、そのままリリースが見送られてしまった、謎のアルバムだ。しかし、今回、その全貌が明らかになってわかったのは、これがプリンスの作品の中でも類を見ないメッセージ性に満ちたアルバムだということだ。しかし、見送られた理由については謎のままだ。
今回、インタビューに応えてくれた当時のボーカルのリヴ・ウォーフィールドは、マイケル・ジャクソンの死やオバマ大統領の登場をきっかけに、プリンスも問い直すものが多くなり、それがこの作品に繋がったのではないかとほのめかしている。確かに00年代末の世相をきっかけに、問い直すことが多かったということはあるだろう。
しかし、プリンス自身は、アイデンティティを不確かに見せることはあっても、アイデンティティが不確かだったことはない。それはデビューから死後リリースされたレコーディングに至るまですべて強烈な自意識に突き動かされていることからも明らかだ。
ただ、プリンスは、どういうオーディエンスに訴えかけていくかということについて、とても意識的だった。それは、マイケル・ジャクソンと並んで、初めて黒人と同等に白人のオーディエンスをも聴き手として想定した表現を意識的に打ち出した、最初の世代のアーティストだったからだ。そして、プリンスの場合、黒人としてのアイデンティティは揺るぎないもので、黒人としての問いかけを特に打ち出す必要も感じていなかった。
ただ、時に白人に迎合したとそしられて、黒人に向けたアルバムを衝動的に制作することもあり、それが87年の『ブラック・アルバム』となったが、これもリリース直前にすべて回収された。これは黒人だけに向けたネガティブな動機の作品は自分の本意ではなかったからだ。
『ウェルカム・2・アメリカ』は2010年の時点で、プリンスがあえて問いたかったことを、最も充実した演奏環境で実現したアルバムだ。ただ、それがあまりに黒人寄りになったように思えて、発売を見送ってしまったのかもしれない。しかし、今聴いてわかるのは、黒人として問いかけたこの作品のテーマはそれぞれが普遍的に響くことで、時代が変わってもまったく褪せていないということだ。
今回、あらためてそんなプリンスの才能の巨大さをインタビュー、彼の革新性を物語る楽曲の数々、そして今その遺伝子を受け継ぐ才能を検証しながら振り返ってみたい。 (高見展)
<コンテンツ紹介>
★驚異の新作『ウェルカム・2・アメリカ』完全レビュー
★晩年2015年、過去作から『ザ・タイム』、そしてスプリングスティーンからケンドリック・ラマ―まで語った秘蔵インタビュー
★その傍で絶えずプリンスを見てきたファミリーの一員:リヴ・ウォーフィールド最新インタビュー
★プリンス革新の13曲と、その楽曲の遺伝子を継ぐ者たち13人の徹底レビュー
プリンスの特集は、現在発売中の『ロッキング・オン』9月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。