発売まで1か月を切ったクラクソンズのセカンド・アルバム『Surfing The Void』。
ロッキング・オン9月号(7月31日発売号)でインタヴューをお届けするが、
これ、すさまじくリアルで、すさまじくタフなアルバムなのだ。
トニー・ヴィスコンティと組んで新作を作る、という情報が流れたのが3年前。
デビュー作『近未来の神話』がマーキュリー・プライズを受賞したころだ。
その後、再びジェームス・フォードをプロデューサーに迎えてレコーディングに入り、
一度はほぼ完成という段階までこぎつけたものの、
レーベルから録り直しを命じられた、というのが昨年の話。
そのあとバンドはLAに飛び、ロス・ロビンソンによるプロデュースのもと、
もう一度アルバム制作をやり直した。
そんな紆余曲折を経てできあがったのが『Surfing The Void』だ。
……という「苦労話」はすでにいろいろなところで語りつくされているが、
このアルバムがすごいのは、その紆余曲折をそのまま作品に
ぶつけている、というところ。
アルバムのストーリーが、そのまんまクラクソンズの現在進行形のストーリーなのだ。
考えてもみてほしい、いままでは『近未来の神話』と言っていた連中である。
ミステリアスでファンタジックな世界観を身にまとい、
世のインディ・キッズたちに一夜の享楽と逃避をプレゼンしていたバンドである。
それが、自分たちの殻を打ち破ろうともがいて「次の場所」に辿り着く、
そのドキュメントが『Surfing The Void』だ。
だからこのアルバムはヒリヒリとしたリアリティを抱えているし、
ただのパーティ・アルバムとして聴けるようなものにはなっていない。
このアルバムのクラクソンズは、メロディやグルーヴは間違いなく
これまでと同じクラクソンズでありながら、
ムーヴメントの旗頭でも、斬新で神秘的なアイディアマン集団でもない。
文字通り骨身をさらして、生々しいバンドとしての音を鳴らしている。
そのために、ロス・ロビンソンを召喚したのだ。
ニュー・レイヴ云々というカテゴリーが霧消したいま、
「次の一手」のハードルはそれぞれのバンドの前に大きく立ちはだかっている。
クラクソンズは、自分たちが「いま」を生きるロック・バンドであることを
再確認することで、そのハードルを乗り越えた、ということなのだ。
たぶん、賛否両論を生むアルバムになるだろう。
でも、有無を言わさぬ迫力と感動に満ちた、素晴らしいアルバムだと思う。(小川)