日経ライブレポート「ロジャー・ダルトリー」

フーのヴォーカリストであるロジャー・ダルトリーがソロとして、フーの代表作であるロック・オペラ『トミー』の曲を歌うというコンサートだった。

1969年に発表された『トミー』は当時のロック・シーンに大きな衝撃を与えた作品であった。まさにオペラのように大きなストーリーが設定され、その物語に沿った形で曲が作られ演奏される、それまで誰もが考えつかないアイディアがフーによって実現した。作品は高い評価と人気を獲得し、2枚組の大作アルバムは歴史的名盤として揺るぎない地位を保ち続けている。

1人の孤独な少年がピンボールの特異な才能によって巨大なスターになる。しかしそこでも新たな疎外感と孤独感を感じてしまうというストーリーは、作曲作詞をしたフーのギタリスト、ピート・タウンゼント自身の個人史を反映したものであると同時に、多くの若者が社会とのかかわりの中で感じる違和感を普遍化したものである。だから時代を超え高い支持を得ているのだろう。

今回のライヴはその『トミー』をロジャー・ダルトリー1人で再現するものであった。改めて思ったのは、この作品の志の高さを支えているのは曲の素晴らしさであるということだ。数々のヒット曲がこの大きなストーリーを見事なポップ・エンターテインメントとしても素晴らしいものにしているのだ。だから物語としてのカタルシスと、ロックとしてのカタルシスが共振して聴く者に大きな感動を与えてくれるのである。後半はフーのヒット曲を1時間くらい演奏してくれた。ファンにとっては最高に贅沢な2時間15分だった。

4月23日、東京国際フォーラム
(2012年5月7日 日本経済新聞夕刊掲載)
渋谷陽一の「社長はつらいよ」の最新記事
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする