テイラー・スウィフトの『フォークロア』と『エヴァーモア』を、もっと素直に喜びたい

テイラー・スウィフトの『フォークロア』と『エヴァーモア』を、もっと素直に喜びたい
今年の7月に『folklore』をリリースしたテイラー・スウィフトが早くも新しいアルバム『evermore』を発表した。
『folklore』は非常に評価が高くセールスも破格で、2020年を代表するアルバムになったと言ってもいいだろう。
タイトル通り、完全にフォークに寄った作風で、素晴らしいクオリティーだ。『evermore』も、テイラー本人が姉妹作と位置づけているように、インディー、オルタナフォークと呼べる作風。これも素晴らしい。
個のストーリーテリングがポップの普遍性として流通する昨今のポップシーンの、いわば最初の主役となったテイラーが、その構図のおかげで隆盛したインディーフォーク、オルタナフォークの作風に合流していくのは自然だし、多くのリスナーにとって大歓迎だった。

一つだけ気になるのは、これまでのテイラーに批判的、あるいは無関心だった人が、『folklore』でいきなり評価を変えて「これならテイラーを認める」的な流れになっていること。
アーロン・デスナーとの共作が収録曲の大半を占めるが、メロディーも歌も、まぎれもなくテイラーそのもので、アーロン・デスナーのアルバムという感じはしない。
メロディーを聴けば、それが伝えようとしているテイラーのエモーションや野心は何も変わっていないことははっきりとわかる。
『1989』と『folklore』との間に本質的な違いはない。

にもかかわらず、米ローリング・ストーン誌での「テイラーのこうしたアルバムを夢見てきた人々は存在してきたが、そのうちの誰も、これほどまで偉大な作品になるとは夢にも思わなかっただろう。彼女の最高傑作だ」といった、どこかフォークとポップスの上下関係を前提にしたような大絶賛だったり、「寄り道をしてやっとここにたどり着いた」的な評価がかなり多く見られて、そこにはかなりの違和感を覚える。

そもそも、テイラー本人がこういう業界世論の動きを充分わかった上で展開していると思うから、そういう意味でも『レピュテーション』と同じしくみなのに。
それをわかった上で素晴らしいという評価をすべきで、そうじゃない人はまたアレンジやサウンドが変わったら「寄り道」とかきっと言うのである。(山崎洋一郎)
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