ついにボブ・ディラン降臨。継承と刷新を印象付けた22年目のフジロック

ついにボブ・ディラン降臨。継承と刷新を印象付けた22年目のフジロック

前日夜からの猛烈な暴風雨が、昼過ぎまで断続的に影響を及ぼした今年のフジロック3日目。
その試練がようやく過ぎ去り、少し強い風が吹き抜ける苗場に、ついにボブ・ディランが降り立った。ディランがこの日のベストアクトであったことに疑いの余地はないが、加えてフジロックの22年間の積み重ねにおいても、また日本のロック・フェス史においても、重要なターニング・ポイントとなるステージだったのではないか。

ディランは終始ピアノを弾き続けた。時々ハーモニカ、そしてもちろん歌。歌う以外、ステージでは一言も声を発しなかった。GREEN STAGEの中腹より少し後ろで観ていたのだが、ディランとの距離は過去のどの来日公演よりも近く感じたのが印象的だ。ステージ左右のスクリーンにその姿が映し出され(ほぼ定点カメラ)、演奏中の表情がよく見えたのも一因だろう(ハットも被っていなかったし)。そして何よりも、雨上がりの草木の匂いや、急ぎ足で流れていく雲、刻々と色合いを変えていく夕暮れのグラデーションといった野外ならではの環境をステージの彼とフィールドの我々が共有し、苗場の自然に共に溶け込んでいる感覚が、近さを感じさせたのだと思う。そこで“風に吹かれて”を、“くよくよするなよ”の生演奏を聴くのはとてつもない贅沢だったし、“メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ”のハーモニカの音色がふわっと風に乗り、こちらの胸元まで迫ってきたのも興奮した。

セットリストはオールキャリアを前提にしつつも、近年の平均的セットと比較すると60年代のナンバーが多数エントリーしており、ディラン流の「フェス・セット」が組まれていたと言っていい。そしてディラン・バンドはその場で誰もが知る代表曲を大胆にアレンジし、未知を加えていくのだが、その即興性とライブ・レコーディングのような精度を兼ね備えたパフォーマンスが本当に驚異的だった。ここ数年、テクノロジーによって広大な野外であるGREENの厄介な音響バランスは制御されるようになってきたが、演奏者の技術によってその環境をここまで「乗りこなした」バンド・アンサンブルは滅多になかったのではないか。

ライブ・レコーディングのようにその場でアレンジされ、生まれ変わっていく楽曲の数々は、もちろんディラン自身によるボブ・ディランの再解釈であり、ルーツを点検・確認した上で未来へと繋げていく意思であったはずだ。そしてここで彼が示した継承と刷新は、今年のフジロック自体の大きなテーマでもあったと感じるのだ。ピューリッツァー賞を受賞したケンドリック・ラマーと、ノーベル賞に輝いたボブ・ディランが、アメリカのポピュラー・ミュージックを、詩を、文学を、そして歴史そのものを鮮やかにリレーして見せたように。

ちなみにディランの記念すべきフジロックのステージは定刻より早めに始まって、早めに終わった。ラスト、すくっと立ち上がったディランはバンド・メンバーと横一列で仁王立ちになると、フィールドのオーディエンスをじっと見つめ、そこで暗転となった。あまりにもパーフェクトな幕切れだった。

ついにボブ・ディラン降臨。継承と刷新を印象付けた22年目のフジロック

この日のもう一つの象徴的なトピックだったのが、ヴァンパイア・ウィークエンドダーティー・プロジェクターズという、2000年代のNYシーンを代表するバンド、2000年代のバンド・ミュージックの革新性を体現していた両者の現在地を、立て続けに確認できたことだった。ダーティー・プロジェクターズは、完全に突き抜けていた。大失恋作にしてバンド・サウンド解体作だった前作から心機一転、ポジティブでオープンな鳴りを取り戻した新作『ランプ・リット・プローズ』のモードで突き進んだ今回のパフォーマンスは、「声楽」としてのダープロのユニークさが際立つバンド・サウンドにリ・デザインされていた。やっぱりこのバンドは常に新しい、そう確信できるステージだったのだ。

一方のヴァンパイア・ウィークエンドは、「次は新作を持って来るからね」とエズラが言っていたように、ロスタムの脱退&新作完成直前という、まさに過渡期を体現したステージだった。一気に4人増員されたバンドが過去曲を解体し、組み立て直し、新しいかたちの可能性を探っていくパフォーマンス。中でもトリプル・ギターがうねる“Cousins”の疾走感、7人がコンシャスに音を打ち出していた“Ya Hey”は、「ロスタム後」を強く印象付ける内容だったし、逆に7人のプレイが散り散りに点在するアヴァンを根気よく続けた末のブレイクスルーが圧巻だったSBTRKTのカバー“New Dorp. New York”は、ゼロ地点から始めようとする彼らの気概を感じた。後半にはハイムのダニエルがサプライズで登場! シン・リジィ“The Boys Are Back in Town”のカバーはこれぞ夏フェス!の醍醐味だったし、一方でダスティ・スプリングフィールドの“Son of a Preacher Man”をエズラとダニエルがしっとりデュエットで聴かせたエンディングは、GREEN STAGEの3日間の幕切れに相応しい、完全燃焼の充実とほんの少しの感傷が入り混じった最高のフィナーレだった。

ついにボブ・ディラン降臨。継承と刷新を印象付けた22年目のフジロック

また、この日のGREEN STAGEで圧巻だったのがアンダーソン・パークだ。ディアンジェロブルーノ・マーズのいいとこ取りのようなファンク、ソウルに加え、バカテクのバンドを引き連れ、さらにはドラマー出身のDNAが荒ぶるのか、自身も隙あらばドラムを叩きにいく過剰っぷり。しかもその過剰を余裕の笑顔でやりきるサービス精神が素晴らしい。そしてRED MARQUEEでの発見だったのがサーペントウィズフィート。ビョークがお気に入りの才能だというのも納得、クラシックやバロックとR&Bをコンバインしたそのサウンドは、マーキーに異世界に通じる扉を出現させていた。そのほか、相変わらず呼吸ぴったりの掛け合いコーラスも最高なローファイサウンドの真髄を見せてくれたハインズ、FIELD OF HEAVENのチアフルな空気を体現したフォーク・アンサンブルで昇天のベン・ハワードも隠れたハイライトだった。

そしてWHITE STAGEのヘッドライナーにして今年のフジの全体の締めくくり的ポジションで登場したチャーチズは、サポートを加えた4人編成となったことでバンド・アンサンブルがぐっと分厚くなり、超満員のWHITEの隅々にゴージャスなエレポップが轟く。ダークなインダストリアル調のフックもびしばし決まり、それら一切をアイコンとして引き受けたローレンの神々しさも前回来日とは段違いだ。エンディングの“Never Say Die”の大合唱に至るまで、日本のロイヤルなファンとステージの彼女たちの間で常に興奮が循環していたのも素晴らしかった。(粉川しの)
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