渾身のレイヴとパンクの力でザ・プロディジーを成立させたキース・フリントの死。それはあまりにも悲しい

ザ・プロディジーのキース・フリントが急死した。キースの身を案じた通報を受けた警察が3月4日にエセックス州にある自宅を訪れたところ、すでに亡くなっていた状態で発見された。その後、自死であったことが報じられ、プロディジーのリアム・ハウレットもそのことを明らかにした。

自殺の原因は不明だが、キースは自分を救ってくれたとも語っていた妻でモデルのマユミ・カイと別離していたことが伝えられていて、マユミと暮らしていた自宅も数日前から売りに出されていたという。キースの死が判明したのも、キースの安否を心配した通報があったからで、キースの絶望の兆候は彼に近い人たちには伝わっていたのだろう。

プロディジーは5月にはアメリカ・ツアーも控えていて、さらにキースの死後、グラストンベリー・フェスティバルのオーガナイザーのエミリー・イーヴィスが、今年の出演を予定していたことも明かしている。バンドの活動そのものは順調だったはずだし、キースが抱えていた絶望状態を乗り越えられなかったことはとても残念に思う。というのは、キースがその全身全霊で表現していたことはそんな困難を乗り越えていく意志とエネルギーについてのものだったからだ。

キースのアーティストとしてのキャラクターはかなり変わっている。まずはダンサーであり、ダミ声で唸るようなボーカルも提供する。それはある意味ではマキシムもまた同じだが、マキシムはまだMCという明確な役割がはっきりしている。しかし、キースは折に触れて"Firestarter"などのような名トラックで炸裂するようなボーカルを提供する以外はひたすらに踊り続けている存在だ。

もちろん、楽曲とサウンド、ビートなどはすべてリアム・ハウレットが作り上げているものだが、プロディジーとしてパフォーマンスを完成させるためには、キースのステージでの存在感抜きでは到底考えられないのだ。

たとえば、こうしたダンサーという存在は80年代後半のレイヴ・カルチャーが台頭した後に出現したバンドによく見られるものだった。それはそのダンサーによって、そのバンドがレイヴ・カルチャーと繋がっていることが体現され、なおかつ担保されていたからだ。80年代後半のイギリスではレイヴが最もアンダーグラウンドでありながら広く支持された音楽シーンだったので、メインストリームとは与さない活動を続けるのであれば、レイヴとの繋がりはなによりも重要だったのだ。

そんなダンサーの有名な例ではハッピー・マンデーズのベズがそういう存在だったし、ファーストをリリースした時期のザ・ストーン・ローゼズにおいてもダンサーのクレッサが有名なキャラクターとなっていた。

その後、登場したプロディジーやザ・ケミカル・ブラザーズらは、ロック側からレイヴに接近したバンドとはまったく違っていて、レイヴの流れから登場し、直接イギリスの音楽シーンそのものを制圧することになった画期的な存在だった。そして、イギリス以外の全世界では、彼らの登場によって初めて80年代にイギリスで進行していたレイヴの感性というものが受け入れられることになったのだ。

ロック的な感性とヒップホップのビートを完全に吸収していたプロディジーにとって、キースの存在とダンス、そしてそのがなり立てるようなボーカルは、その表現にとって絶対に必要なものであって、それまで先行してきたバンドで存在していたダンサーとはまるで違うものなのだ。実際、プロディジーはリアムがDJとして出演したクラブでキースと出会い、キースから自分用のミックステープを作ってくれとせがまれて始まり、キースのほか、リーロイ・ソーンヒル、マキシム、シャーキーらがどこまでも弾けて踊るために成立したユニットなのだ。
だから、キースが弾けまくってこそ、プロディジーは初めて成立するのだ。

アルバムやレコーディングを聴けば、リアムだけで成立するユニットなのではないかと思いがちだが、一度観れば、それは違うのだと思い知らされるのがプロディジーのライブだった。自身のダンスとステージ・プレゼンスだけでバンドの存在を成立させるというキースの存在は、革命的なものだったのだ。

そんなキースのパフォーマンスは、すべて自分で編み出したというのも凄い。そういう意味でキースはどこまでもDIYなパンク・スピリットに溢れたアーティストだった。そもそもレイヴそのものの反骨的な体質が、ある意味で80年代のインディ・ロック以上にパンク的なものだったともいえる。キースはまさにそれを体現する存在としてプロディジーとともに登場したわけであって、だからこそここまで、特にイギリスでは愛される存在になったのだ。

それほど輝いていた彼がどうしてここまで絶望してしまったのか。
結局、現時点ではすべて憶測にしかならないから、真相はわからない。しかし、あのキースがこんな形でいきなり果ててしまったことが、ただただ悲しい。(高見展)
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