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ブラッド・オレンジ『ニグロ・スワン』
発売中
ALBUM
ブラッド・オレンジ ニグロ・スワン

ブラッド・オレンジのクールさはアルバム・ジャケットに体現されてきたが、この新作もおみごと。疲れ果て車の窓に腰掛け休む美しい〈黒い白鳥〉に思いを馳せながら聴くアルバムは、カラフルな感覚に訴える曲からヘヴィなドラマまで次々とくり広げられ、期待通りの傑作っぷりに静かな興奮が広がってくる。

西アフリカのシエラレオネ出身の父、ガイアナ出身の母のもとに産まれロンドンで育ちテスト・アイシクルズやライトスピード・チャンピオンなどでセンスを磨き、さまざまな現場を経験してきたデヴ・ハインズのプロジェクト、ブラッド・オレンジのデビューは11年『Coastal Grooves』でのこと。とくに印象深いのはセカンドの『キューピッド・デラックス』(13年)で、80sR&Bやプリンス直系のサウンド・センスながら、それが自然に歪んでいったりメランコリックに突っ走る流れの痛快さは忘れられない。ロンドンで音楽的な基盤を固めたことが影響しているのだろうが、UKならではの陰りのある甘さがサウンド作りや曲のラインのどこかにある点が、とくに気に入り特別な存在となった。

続くシエラレオネの首都の名を冠した『フリータウン・サウンド』(16年)でもデビー・ハリーやネリー・ファータドなど豪華なゲストを迎えつつ自身のルーツや自伝的な物語を軸に、より洗練度を高めていた。

そしてこのフォースでは、さらに進み、自身のトラウマや多様な差別問題などをテーマに、より深く内省的に追求していくが、根底にシャープでポップな感性があるから重すぎにはならず、どれも親しみやすいし、全体像はシンプルでアピール力が強く、聴き進む内に自然と体内に彼のアプローチが鮮やかに落とし込まれてくる。パフ・ダディとテイ・シによる“ホープ”やエイサップ・ロッキーとプロジェクト・パットとの“チューイング・ガム”などゲストの配置も考え抜かれて絶妙で、性的マイノリティへの共感という視座からトランス・アクティビストのジャネット・モックのメッセージ“ファミリー”を挟み込んだり、イアン・イザイアやジョージア・アン・マルドロウとのナンバーなど今回も冴え渡る。

サウンドも例によってメロウで80s風なエレクトロ・ファンクがベースだが、微妙にピッチがズレたりすると、ブラッド・オレンジならではの世界と実感できるし、先行リリースされた“チャコール・ベイビー”はニューヨークはブルックリンのバンド、ポーチーズのアーロン・メンと書いたナンバーであったりと、その軽やかでいてレンジの広いステップは今回も冴え渡っている。(大鷹俊一)



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ブラッド・オレンジ『ニグロ・スワン』のディスク・レビューは現在発売中の「ロッキング・オン」10月号に掲載中です。
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ブラッド・オレンジ ニグロ・スワン - 『rockin'on』2018年10月号『rockin'on』2018年10月号
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