前作『モダン・ヴァンパイアズ・オブ・ザ・シティ』から実に6年もの歳月を経て、ついに完成したニュー・アルバムである。ちなみにバンドが『Mitsubishi Macchiato』と仮題された新作の制作をスタートしたのが2016年のことだったから、本作の完成までにいくつもの紆余曲折があったのは想像に難くない。
『コントラ』から2作連続全米1位を記録、グラミーも受賞した前作は、インディ・ロック・バンドとしてのヴァンパイア・ウィークエンドのある種「終点」に該当するアルバムであり、彼らはインディの文脈を脱した新境地を新作で示すプレッシャーを内外から感じていたはずだ。一方で、エズラ・クーニグとVWの主要ソングライティングを分け合ってきたロスタム・バトマングリの脱退によって、否応なくバンド・ケミストリーの再構築に直面することにもなった。つまり、本作に至る6年の間に彼らは参照しうる過去や経験則を一旦チャラにする必然があり、その結果どうしても一定の過渡期を必要としたことは、昨年フジロックでのステージ、新たに編成された7人の大所帯で旧作ナンバーのスクラップ&ビルドを繰り返していったパフォーマンスにも象徴的だった。
そして、そんな長きにわたった過渡期のトンネルをようやく抜け、日差しの下で大きく深呼吸するかのような開放感が、この『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』にはみなぎっている。全18曲&トータル・タイム59分と、重厚なフル・ボリュームにもかかわらず、耳当たりはなんとも軽やかでソフト。ギター・ポップやバロック、サイケ、アフロ・ポップ等のミクスチャーを幾何学的に組み立てていった過去3作のポスト・パンク的マナーと比較すると、本作の川の流れに身を任せるように淀みなく滑らかな感覚、分かれ道に差し掛かるたびにコイン・トスで進むべき道を選んでいくような、予測不能でワクワクする展開は際立っている。一時は「ヒト染色体的コンセプトで23曲入りのアルバムを2枚作ろうとしていた」ほど混沌としていたのが嘘のように、伸び伸びと長大スケールを遊び尽くしているように聞こえるのだ。
オープナー、ハンス・ジマーの『シン・レッド・ライン』のスコアをサンプリングしたコーラスも楽しい“ホールド・ユー・ナウ”から“ハーモニー・ホール”へ、同曲はグレイトフル・デッド(各所で言及されていますが、確かに“タッチ・オブ・グレイ”に似てます)やCS&Nのハーモニーを連想させる軽やかなカントリー・チューンで、春の芽吹きを体現したウォーミーでカラフルな幕開けだ。エズラはケイシー・マスグレイヴスからの影響を語っていたが、前述した本作の開放感の源となっているのはカントリー、特にホンキートンク・スタイルのピアノやレイドバックしたスライド・ギターだ。
もちろん単なるルーツ・ミュージック懐古ではなくて、VWならではの折衷主義も本作では健在だ。映画のワン・シーンのような“マイ・ミステイク”のラウンジ風ジャズ、フラメンコ、ジプシー・ルンバがぶっ飛びスペイシーなコーラスと異次元融合していく“シンパシー”、そして細野晴臣が80年代に無印良品のBGMとして作った“Talking”をサンプリングした “2021”は、シンセのパルス音にフィンガー・ピック・ギターを大胆に被せ、茫洋たるアンビエンスを無理やり覚醒させていく。また、ギター&ボーカルのユニゾンがグルーヴィーなソウルへ、さらにはサイケデリックへと変容しながら疾走していく“サンフラワー”、ドゥワップやボッサのリズムを即興的に重ねていく“フラワー・ムーン”は、どちらも本作の予測不能を象徴するナンバーだが、2曲共にジ・インターネットのスティーヴ・レイシーがフィーチャリングされていると聞けば納得だ。
ちなみにVWがフィーチャリング曲を作ったのは今回が初だが、レイシー以外にも本作には多くのアーティストが参加している。ハイムのダニエル・ハイムが複数曲でボーカルを担当、彼女とエズラのカントリー・デュエットの王道をいく“マリード・イン・ア・ゴールド・ラッシュ”や、“ウィー・ビロング・トゥゲザー”のクワイアも素晴らしい。また、“ハーモニー・ホール”では盟友ダーティー・プロジェクターズのデイヴ・ロングストレスがギターを弾き、(友好的離脱だったとの報道を裏付けるように)ロスタムもプロデュースで参加している。バンド・サウンドの揺るぎない形を見出した前作と比較すると本作のこの出入り自由なオープン・スペースは特筆すべきで、敢えて残された余白も多い。むしろこの音源をライブで「バンド」として再解釈して初めて最終的な完成形になるのかもしれない。「今度は新作を持ってくるから」と苗場で言っていたエズラの言葉を信じてその時を待ちたい。 (粉川しの)
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