枯れない才能、衰えぬ輝き

ベック『ハイパースペース』
発売中
ALBUM
ベック ハイパースペース

素晴らしい。まったくもって素晴らしい新作の登場だ。

『カラーズ』以来2年1ヶ月ぶりの通算14作目。全11曲、日本盤はボーナス・トラック1曲収録。もともと寡作なほうでないが、グラミー2部門を受賞するなど成功を収めた前作から2年余りというタームは短い。これは11曲中7曲がファレル・ウィリアムスとの共作/共同プロデュースと、ほぼファレルとのコラボ・アルバムと言っていい制作態勢となっていることが関係しているはず。ファレルという新しいパートナーの登場で、ベックが創作意欲を掻き立てられたのだ。

両者のコラボレーションの話は2012年ごろから持ち上がっていたが、本格的に始まったのは、ファレルがN.E.R.Dのアルバム『ノー_ワン・エヴァー・リアリー・ダイズ』にベックの参加を求めてから。結局同作にベックの名はないものの両者のコラボは続き、最初はシングルかEPの予定だったが想定以上に曲が出来上がったこともあり、アルバムに発展していった。

ベックは最初、ファレルとのコラボは、スヌープ・ドッグの“ドロップ・イット・ライク・イッツ・ホット”(ネプチューンズがプロデュース)のようなビート主体のヒップホップ・ナンバーを想定していたというが、実際にはメロディのキレイな空間的な広がりのあるシンプルな歌ものが多くなり、そういう意味では『カラーズ』よりも前々作『モーニング・フェイズ』に近いところもある。その「シンプルさ」、「ミニマリズム」もファレルから学んだそうで、音数を抜き、ちょっと“ルーザー”を思わせる荒々しいスライド・ギターをフィーチャーし、ブルージーな曲調に仕上げた“ソウ・ライトニング”が好例だろう。全体にメロディが良く、ポップだがキャッチーになりすぎず、洗練されているが小ぎれいになりすぎず、落ち着きを感じさせるが大人しくなりすぎず、ノスタルジックなムードもあるが新鮮でもある、絶妙なバランスの秀逸な楽曲がずらりと並ぶ。楽曲の出来の良さに加え、音響面でも隅々まで気を配ったあとがうかがえる。ベックのアルバムはいつも録音がいいが、今回も例外ではない。本作の試聴はストリーミングで行ってるが、ヴァイナルやハイレゾで聴けばさぞや、と思わせる音の良さもポイントだろう。私は英ラフ・トレードでレッド・ヴァイナルを予約した。

ほかに前作も手がけたグレッグ・カースティンが“シー・スルー”で共作と共同プロデュースを担当してミニマル・アンビエントな小品を披露、さらにアデルからザ・ポップ・グループまで手がける売れっ子ポール・エプワースが“スター”で共同プロデュースを手がけている。ポップでメランコリックなメロディと、時折挿入されるノイジーなギターの対照がエプワースらしい。

いつもフィーチャリング・ゲストが少ないベックのアルバムにしては珍しく、ゲスト・ミュージシャンも多彩だ。“ダイ・ウェイティング”ではスカイ・フェレイラがコーラスで参加。前作にも参加したコール・M・グリーフ=ニールとバークリーのオルタナティブ・ラッパー、コシスコが共作者として名を連ねるドリーミーなポップ・ナンバーだ。タイトル曲の“ハイパースペース”では新人テレル・ハインズがゲスト・ボーカルと共作で名を連ねる。ジェイソン・フォークナー、スモーキー・ホーメル、ロジャー・マニングJrらといった常連も参加するが、“ストラトスフィア”でコールドプレイのクリス・マーティンが歌っているのが目を惹く。楽曲は実にベックらしいメランコリックでノスタルジックな、どこか10cc“アイム・ノット・イン・ラヴ”を思い起こさせる名曲として、後々まで聴き継がれそうな予感が漂う。

アートワークに写っている赤いクルマは3代目(1981~1985年)トヨタ・セリカ。クルマがまだ若者の憧れだった時代の代表的なスペシャルティ・カーである。カタカナのロゴといい、白いスーツに身をまとってポーズをとるベックといい、一昔も二昔も前の垢抜けない広告デザインみたいなジャケは、日本人の目にはどうにもダサく見えることは否定できないが、レトロ・モダンなムードを狙った意図は伝わってくる。

SF的なアルバム・タイトルは1979年アタリ製のビデオ・ゲーム『アステロイド』からインスパイアされたもの。アートワークといい、本作はSF的な趣向というよりも、甘酸っぱいオタク的な記憶を呼び起こすスイッチのようなものなのだろう。

ベックのように豊富なキャリアがあり、しかもその才能が涸れていないベテランにとって大事なのは、創作意欲を掻き立てるモチベーションだ。ファレルとのコラボはその意味で大吉と出た。2020年代もベックの時代が続きそうだ。 (小野島大)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』12月号に掲載中です。
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ベック ハイパースペース - 『rockin'on』2019年12月号『rockin'on』2019年12月号
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