美学にブレはなし!

モリッシー『アイ・アム・ノット・ア・ドッグ・オン・ア・チェイン』
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ALBUM
モリッシー アイ・アム・ノット・ア・ドッグ・オン・ア・チェイン

ザ・スミス結成以前のモリッシーを描いた映画『イングランド・イズ・マインモリッシー,はじまりの物語』は、当時の彼が抱いたであろうやり場のない焦燥や戸惑いを丁寧に描いて、とても良い作品だった。そんな頃から40余年、まさか極右政党UKIP(イギリス独立党 UK Independence Party)のバッジを着けたりなんてことが起こるとは思いもしなかったが、しかし楽曲に封じ込められる感性と歌声だけはまったく変わりなく迫ってくる。

昨年出した『California Son』はジョブライアスの“Morning Starship”に始まり、プロテスト・シンガーであった時期のディランが暗殺された公民権運動家について歌った“しがない歩兵(Only a Pawn in Their Game)”やフィル・オクス、ローラ・ニーロ等60、70年代の曲をカバーしたもので、圧倒的に素晴らしい選曲と歌唱だったが、オリジナル・アルバムは『Low in High School』(17年)以来のリリースとなる。

大ぶりなサウンドをバックに切ないほどの思いを歌う“Jim Jim Falls”で幕を開け、瞬時に情景を築く歌声とドラマ作りの巧みさは安定のモリッシー節でたちまち聴き手を包み込んでいくが、そんな本作一番の話題はリード・シングルだった“Bobby, Don't You Think They Know?”。77年に全米No.1となった“ドント・リーヴ・ミー・ディス・ウェイ”のヒットを持つソウル・シンガー、テルマ・ヒューストンとのデュエットで、ゆったりとしたスケール感があるグルーヴィなサウンドをバックにエモーショナルに迫る彼女の歌声とモリッシーの泰然とした歌声の絡み合いはスリリングで、両者ともに大満足なのも納得。

そんな熱い曲の余熱が消えない中で流れ出すのがアルバム・タイトル・チューンの“I Am Not A Dog On A Chain”なんてナンバーなのは、いかにもモリッシーらしく、軽いタッチのサウンドに皮肉な歌詞が乗っかり、だんだんと毒が盛られていく得意の曲調。こうした多彩な曲をまとめたプロデュースはストロークスベックを手がけ、モリッシーとはここ数作やってきたジョー・チッカレリだけに狙いを的確にとらえ、オーソドックスなサウンドの中にボーカルを落とし込んでいる。

極端な発言や突然意見が変わったりと相変わらず物議を醸し続けるが、ここでの曲世界はこれまでのモリッシーの美学から全くはずれるものではなく、トリッキーなボーカルと散文的な音が調和する曲があるかと思えば、ママとテディ・ベアだけに頼る姿を堂々と歌ったりするのだから本当におもしろい人だ。 (大鷹俊一)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』5月号に掲載中です。
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モリッシー アイ・アム・ノット・ア・ドッグ・オン・ア・チェイン - 『rockin'on』2020年5月号『rockin'on』2020年5月号
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