新型コロナ禍のサウンドトラックのその先へ

ナイン・インチ・ネイルズ『ゴースツ・V:トゥギャザー』『ゴースツ・VI:ロカスツ』
発売中
ALBUM
  • ナイン・インチ・ネイルズ ゴースツ・V:トゥギャザー』『ゴースツ・VI:ロカスツ
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ボブ・ディランしかり、アーティストは世界的な危機を予見しているのだろうか。ナイン・インチ・ネイルズが突然発表した2枚組のピアノ主体のインストによる新作『Ghosts V〜』、『〜VI〜』も、チャリティ用に急いで作ったという作品ではなく(それでも感動するものも多いが)、キャリア史上でも高い完成度を誇り、また“今”を言い当てている、尋常ではない彼らの才能を確信させる作品になっている。

3月26日、アメリカでも新型コロナ禍による外出禁止令が発令されてしばらく経った頃、トレント・レズナーが突然「みんないる?」とツイート。この新作を無料配信したので思い切り心が上がった。外に出られず、人に会えず、いつまで続くか分からない未知の孤独な生活に、世界が不安に陥っている最中に、予想もしていなかった、これ以上ない贈り物に思えた。トレントはウェブサイト上で「友よ、本当に不気味な時代だ。ニュースは時間ごとに惨いものになっていく。俺達は、希望を持とうとする気持ちと、絶望のどん底の狭間で、1分ごとに激しく揺れ動いている」と語った。「自分達の正気を保つために、このアルバムを徹夜で完成させた」と。「『〜V』は、“物事は良くなっていくように思える”ことを表現していて、『〜VI』は、聴けばわかるよ」と。実際、この2枚は対極的な作品だ。ソファーに座って携帯を眺め、窓の外から鳥の声が聴こえる瞬間と、救急車の音が聴こえる瞬間が描かれている。ただ08年――前回のブッシュ政権、8年間の最後の年、に彼らがブライアン・イーノの影響を感じさせる『Ghosts I - V』を作った際と同様に、この“お化け”が出現するのは、地球の終わりを感じた時であるという前提に変わりはない。まず、1枚目の『〜V : Together』は、平穏と希望がかいま見える作品だ。瞑想をするかのようにも響くし、彼らが手がけた映画『WAVES/ウェイブス』(19年)のサウンドトラックもすぐに思い出す。NINはピアノ主体の作品では、過去にも名作『Still』を手がけているが、今作はサウンドトラックを多く手がけた経験により、オーケストラの使い方がより研ぎすまされているし、作曲家としての成長も感じられる。同様に精神的な面でも大人になり、洗練された領域に入っているのが分かる作品だ。“Together”は、波打ち際で起きていることを直視しながらも、意識はより穏やかな地平線上に向かっている曲。また、“Hope We Can Again”は、過去の作品では控えめに表現されていた優しさや慈悲といった、高い精神世界へ牽引してくれる、新鮮な曲。もちろん全体としては、NINらしくヘッドフォンで聴くと、耳鳴りを感じさせるような音も存在しているし、オーケストラによるサウンドも常に不穏なアンビエトを生み出し絡んでくる。また予期せぬ頃にNIN的なディストーションが鳴る瞬間もある。

そして、2枚目の『〜VI : Locusts』は、1 曲目“The Cursed Clock”のピアノにノイズが入り交じるサウンドが象徴的な、危機感が前面に出た作品だ。前作『Ghosts I - V』がきっかけで、デヴィッド・フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』(10年)のサウンドトラックを手がけ、オスカーを初受賞。それが今を代表する傑作TVシリーズ『ウォッチメン』などを手がけることにも繋がり、また劇中曲が、史上最大のヒットを記録したリル・ナズ・Xの“オールド・タウン・ロード”でサンプルされている。つまり今のポップ・カルチャーにおける世界の終わりはすでに前作で描いたわけだ。しかし、今作ではそれが更新されている。“When It Happened〜”でこれまで聞いたことの無いようなベルが警告を鳴らし、“Run Like Hell”は、ここ数作にあったジャズ・サウンドをさらに深く追求した新しい実験的な曲。マイルス・デイヴィスを彷彿とするようなプリミティブで危険なトランペットがNIN的なノイズと融合することで恐怖感が煽られている。救急車のサイレンが日常となった、正に“Your New Normal”を描いた今作で、彼らがどんな結末に導くのかまで気になるが、最終曲“Almost Dawn”(=夜明け前)では鼓動がノイズに変わり、“向こう側”に辿り着けたように思える。そして再び鼓動が聴こえるのだが、その真っ白な場所が、再出発の地点なのか、天国なのかは今は分からない。今作は、的確に今の心情を指摘することで、トレントが言うように「孤独じゃない」と思わせてくれるばかりか、「人と繋がりを持つことの意味、力と必要性」を具現化している。希望と絶望のノイズの中で、我々の正気を保ち、精神世界をクリアにし、心に寄り添うサウンドトラックである以上に、意識を牽引し、覚醒させ、今以上の次元から再出発が可能だと提示する作品なのだ。 (中村明美)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』6月号に掲載中です。
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