シングル“パワー・イズ・テイクン”に腰を抜かしそうになったのは自分だけではないだろう。ド派手なシンセのフレーズと、フロアをアジテートするようなボーカル、大仰なブレイク……ト、トランス! 近年は自伝の出版や、その内容を巡ってナタリー・ポートマンから抗議を受けるなど音楽以外の話題で注目を集めることの多かったモービーだが、そのことで内省を深めることになると思いきや、開き直りにも近いエナジーが感じられるダンス・サウンドが聴けるのである。前作や前々作のアンビエントやダウンテンポ路線とはまた異なり、とくにアルバム前半は90年代のレイヴを思わせるところもある。キャリア初期を振り返るような想いもあったのかもしれない。やや大味な印象は否めないが、そもそもワン・アイデアのフックを武器にしたトラックで自らの道を切り拓いてきたひとである。それもまた、自分らしさだと認識したということだろう。
中盤以降はモービーが得意とするアンビエント、ソウルを含んだドラマティックな楽曲が並ぶが、とくに注目したいのは10分近い尺を持つ“トゥー・マッチ・チェンジ”。ビートレスでジャズの味つけがなされたソウル・ナンバーだが、途中でキックが入ると壮大なプログレッシブ・ハウスへと展開する。どこかこれまでのキャリアを概観するような趣の音になっており、「たくさんの変化」というタイトルといい、いわばモービーの“マイ・ウェイ”のようなものではないだろうか。50代もなかばになり、世間的にはレストランのオーナーを務める「成功者」として見られてしまう自分をいま一度見つめたかったと。「すべての目に見える物質」という言葉とは裏腹の、スピリチュアルな響きのタイトル・トラックでアルバムは幕を閉じる。 (木津毅)
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