才能豊かなグリーン氏、本気を出す

ウォッシュト・アウト『パープル・ヌーン』
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ALBUM
ウォッシュト・アウト パープル・ヌーン

00年代にブログ主導のインディ・シーンを賑わせた様々なサブ・ジャンルのひとつであるチルウェイブは、主に北米出身の一群のベッドルーム・プロデューサーにスポットを当てた。彼らの多くはバンド経験のある複数の楽器をこなすプレイヤーで、ヒップホップ/エレクトロニック・ミュージックの啓示を受けてソロに転向したケース。俗に「Instagramポップ」とも称された陽光に褪せたポラロイド写真を思わせるノスタルジックな音像と美学は非常に大雑把に言えばシューゲイズとボーズ・オブ・カナダの出会いであり、ジャンルも国境も時代も越えるミレニアル世代の旺盛で加速する雑食性とそれに背中合わせの疲弊感を癒すチルアウト空間を求める思いとを映し出した動きのひとつだった。

トロ・イ・モワ他と並びその看板を背負ったとも言えるウォッシュト・アウトことアーネスト・グリーン・ジュニアは、しかしチルウェイブという一種の時代症候群的トレンド――「ここ(Now Here)ではないどこでもない場所(Nowhere)に行きたい」の逃避願望・未体験の過去の理想化は不安定な現世相に対するリアクションでもあっただろう――を経て、作品ごとに着実に変転を重ねてきた。初期EPの持ち味に80年代英シンセ・ポップとの親近性も顔を見せ始めたファースト(11)。セカンド『パラコズム』(13)で構築した生楽器を多く用いたぬくもりのあるバンド・サウンドとソウルやジャズも含むサイケデリックな万華鏡的音世界はテーム・インパラビビオらともシンクロした。前作サード『ミスター・メロウ』(17)はサブ・ポップではなくアンダーグラウンド・ヒップホップの名門=ストーンズ・スロウからの変化球リリースで、全曲オリジナル映像を伴うビジュアル・アルバムの野心作。アブストラクトで実験的なフュージョニストとしての別の顔を明かした内容で、ライブもずいぶん様変わりした。

『ミスター・メロウ』のスキゾなユーモアあふれるジャケットで、自らに付いて回るメディア発のレッテルである「チルウェイブ」を自虐気味に茶化していたのは笑えた。しかしあれで踏ん切りがついたのか(?)、サブ・ポップに復帰しての本4thはダンサブル&エレガントなポップ・ソングクラフトの冴える直球な歌ものへとブレイクスルーしている。持ち味であるソフト・フォーカスな質感は随所に残っているものの、アンセミックとすら言えるフックに富んだメロディとイビザからカリブまで多彩で緻密、しかしここぞという時には押し出しの強いビート・メイクが楽曲にメリハリと空間性をもたらしている。「ウォッシュアウト=洗い流す」という名義だけあってこの人の作風はループやシンセ、エフェクトを何層にも塗り重ねそれぞれの音の境界をにじませる酩酊傾向が強いが、これだけ分離度が高いのは初の試みでは? フィル・コリンズでおなじみのゲーテッド・リバーブ風なドラムやブルー・ナイルがふと過るシンセの重なり、シャーデーのアンニュイに満ちたラグジャリーなフレージング(④でのバッキング・コーラスは彼女とのバーチャルなデュエットとすら響く)等、80年代の高品質なAORをモダンにアップデート&リアレンジしたサウンドスケープはひたすら心地よく、とりわけ秀逸な冒頭3曲(2018年に発表されていた②も含む)はこのアルバムの世界観に聴き手を一気に引き入れる。

その世界観のバックボーンとして、本作が恋愛の始まりから終わりまでを描いた一種シネ・アルバム的なコンセプトを持つ点は大きいだろう(アルバムのタイトルはルネ・クレマン監督/アラン・ドロン主演作『太陽がいっぱい』の英語題にちなんでいる)。夏の日差しとけだるく長い夜の似合う甘く危険な恋――そんな物語が本作のメロドラマをインスパイアしたのではないかと思うし、いい意味で臆面のないエモーショナルさも今ではまず作られなくなった80sハリウッドの王道ロマンス映画(『愛と青春の旅だち』とか『カリブの熱い夜』とかね)を彷彿させる。とはいえ単なる過去の蒸し返しではないのは、ほぼ全編でボーカルにオーバーダブもしくはダブル・トラッキングが施され、キー違いの声が幽霊のように寄り添っているからだ――声も楽器として扱うアーティストなのでボーカル加工は今に始まったことではないし、あくまで筆者の深読みに過ぎない。しかし聴いていると男性と女性双方の声を備えているように思えてくるし、そのパラレルな視点は本作にひと味違う現代性を添えている。あくまでホビーとして音楽を作っていたという彼は控えめで穏やかな人柄で知られるが、その中に秘めてきたパッションが音楽的IQの高さと素晴らしい形で1枚に結晶したアルバムだと思う。 (坂本麻里子)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』9月号に掲載中です。
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ウォッシュト・アウト パープル・ヌーン - 『rockin'on』2020年9月号『rockin'on』2020年9月号
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