プリンスの時代。その代表作

プリンス『サイン・オブ・ザ・タイムズ:スーパー・デラックス・エディション』
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BOX SET
プリンス サイン・オブ・ザ・タイムズ:スーパー・デラックス・エディション

1987年リリースの大傑作が、CD8枚+DVD1枚という特大ボリュームのボックス・セットで登場。『パレード』ツアーの日本公演が終わったあと、プリンスはザ・レヴォリューションを解散。本作は彼にとって久々に、ほぼひとりで作った作品である。自分の中の音楽的才能(あるいは野心)がザ・レヴォリューションというバンドのキャパシティを超えてしまった、という意味のことを当時本人は語っている。つまり彼の音楽的才能や野心にふさわしいバンドは世界中にただひとつ、プリンスというひとりバンドだけだった、というわけだ。

本作に至るまで、プリンスはいくつかのアルバムを作り、棚上げして、改めて新たに自宅近くに建設したペイズリー・パーク・スタジオで、『Crystal Ball』の制作に取りかかっている。レヴォリューションと録音済だった曲はその過程でプリンスのワンマン録音に置き換えられていった。3枚組を希望したが、ワーナーとの協議で2枚組となり、それが『サイン・オブ・ザ・タイムズ』となった。同時にシーラ・Eの誕生パーティーで演奏するための踊れる曲を息抜きで作っていたが、それはのちに『ブラック・アルバム』となる。

つまりこの時期プリンスの旺盛な創作意欲はピークに達していた。次から次へと曲想が浮かび、それをカタチにする暇も惜しんで片っ端からレコーディングしていった。彼にとって曲を作ることは日々の思いや感情を吐き出すデトックスのような意味もあって、録音が終わると気が済んでしまい、その場でテープを消去することもあった、という証言もある。『サイン・オブ・ザ・タイムズ』が無節操と思えるほど雑多な曲調を包含しているのは、プリンスの脳内に展開するアイデアや妄想や情念を、そのまま取り出して片っ端から曲にしたような作品だからだ。プリンスの頭脳と楽曲がダイレクトで繋がれているような感覚さえある。「音楽は必要に迫られて作っているからワンマンでレコーディングするしかない」ということも当時言っている。次々と溢れてくるから、すぐさま吐き出さないとパンクしてしまうわけだ。アルバム全体がチープ、と言って言い過ぎなら、簡素でシンプルな、前作『パレード』以上に贅肉を削ぎ落とした無駄のない音になっているのもその表れだ。あれこれゴテゴテと装飾を施しているようなヒマはないのである。ワーカホリックならぬレコーディングホリックだ。

アナログ音源のリズム・マシンを使った曲の荒々しくザラリとした感触は、デジタル音源を使ったゴージャスなサウンドが主流だった80年代サウンドとは一線を画したもので、90年代以降の音を先取りしていた。いち早くラップを取り入れた曲や、シカゴ・ハウスに通じる荒々しくミニマルなエレクトロ・ファンクなど、迫り来る新時代のダンス・ミュージックの足音を聴いていたプリンスの姿がうかがえたりもする。本作はラップやハウスに時代の主役の座を明け渡す前の最後の抵抗だったのかもしれない、という気にもなってくる。

今回の『スーパー・デラックス・エディション』は、リマスターが施されたオリジナル・アルバム(ディスク1〜2)、シングル・エディットやB面曲等を収めたディスク3、未発表曲を収めたディスク4〜6、1987年の未発表ライブを収めたディスク7〜8、そしてDVDは1987年大晦日にペイズリー・パークでおこなわれたライブを収録したもので、マイルス・デイヴィスとの、ステージでの唯一の共演も収められている。ディスク4〜8に収録された63曲はすべて未発表トラックだ。

さらに120ページに及ぶブックレットにはプリンスの手書きの歌詞、未発表写真、レニー・クラヴィッツや、当時のプリンスの専属エンジニアで、本作も手がけたスーザン・ロジャースなどが執筆したライナーノーツを収録している。

やはり焦点となるのはディスク4〜6の未発表スタジオ録音曲で、1979年5月から1987年7月までという長いタームから選ばれている。一番古いのが“プレイス・オブ・ユア・マン”の1979年バージョン。つまり『愛のペガサス』の時からあった曲が、8年後に取り上げられたことになる。プリンスはしばしば、アルバムの核となる数曲を作り、残りはそれにあわせて過去の膨大な未発表曲のアーカイブから選ぶ、という作り方をしていたという。その時のアルバム・コンセプトに合わないと楽曲は採用されずいつまでも未発表のままとなる。今回の未発表曲も、なぜこんないい曲が未発表?と思わずにはいられないものがいくつもある。

オリジナル・アルバムをさんざん聴き込んでいるマニアも堀りがいのある、興味の尽きないボックス・セットだ。高額だが必携。 (小野島大)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』10月号に掲載中です。
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プリンス サイン・オブ・ザ・タイムズ:スーパー・デラックス・エディション - 『rockin'on』2020年10月号『rockin'on』2020年10月号
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