本作は、“ビデオ・ゲームス”のヴィデオとともに当初ブロガー勢が書きたてたように、破格のDIYプリンセスの誕生を記録するものではない。非の打ち所のないサウンド・プロダクション。ハイとロウを行き来するヴォーカリゼイションを存分に活かしたソングライティング。すべてが完璧なパッケージのなかで私達が発見するのは、正しく壊れきったイメージである。ときにポップ・スターダムを裏付ける挫折/努力とはまた違う「闇」。彼女自身が言うようにプロム・クイーンでもなかった一人の女子が、たったひとつの「歌」という武器を手に入れ、かつ、思春期を捨て去ったときの無敵感。それをここまでの凄みとスケールで、しかもアイロニーを込めて醸しだすシンガーはいなかった。もはや「ポップ・アイコンとして勝負する気があるのか」という問いすらも寄せ付けないその姿勢は、すべてがちぐはぐなアメリカを象徴するアートワークにも貫かれている。あとはこの寡黙なポップネスがどう広がっていくかだが、それすらも運命として味方に付けていくだろう。(羽鳥麻美)
ポップ・ミュージックに花束を
ラナ・デル・レイ『ボーン・トゥ・ダイ』
2012年02月08日発売
ALBUM
本作は、“ビデオ・ゲームス”のヴィデオとともに当初ブロガー勢が書きたてたように、破格のDIYプリンセスの誕生を記録するものではない。非の打ち所のないサウンド・プロダクション。ハイとロウを行き来するヴォーカリゼイションを存分に活かしたソングライティング。すべてが完璧なパッケージのなかで私達が発見するのは、正しく壊れきったイメージである。ときにポップ・スターダムを裏付ける挫折/努力とはまた違う「闇」。彼女自身が言うようにプロム・クイーンでもなかった一人の女子が、たったひとつの「歌」という武器を手に入れ、かつ、思春期を捨て去ったときの無敵感。それをここまでの凄みとスケールで、しかもアイロニーを込めて醸しだすシンガーはいなかった。もはや「ポップ・アイコンとして勝負する気があるのか」という問いすらも寄せ付けないその姿勢は、すべてがちぐはぐなアメリカを象徴するアートワークにも貫かれている。あとはこの寡黙なポップネスがどう広がっていくかだが、それすらも運命として味方に付けていくだろう。(羽鳥麻美)