多くを語らないことの論理性

ジェイムス・ブレイク『オーヴァーグロウン』
2013年04月10日発売
ALBUM
ジェイムス・ブレイク オーヴァーグロウン
抑制されたダウンテンポの空間に、ぽつりぽつりと広がっていく声。ああ紛れもなくジェイムス・ブレイクの新作だ、と、その静かで幸福な音の波に包まれること約3分。突如、ふくよかな、しかし決して派手ではないストリングスの音色が広がる。長い夜が明けていくような、劇的な瞬間だ。この時点で傑作の予感が押し寄せるが、とにかくこの後の展開が素晴らしいのだ。インタヴューでは自分の音楽はポップ・ミュージックと定義するにはまだまだ、なんて言っていたが、短いピアノのアウトロでこの曲を締めくくる様も、“アイ・アム・ソールド”や“ライフ・ラウンド・ヒア”をはじめとする、どこか東欧を感じさせつつもどこにも属さない独特のメロディのフックも、しかもそれらをすべて簡潔にやりきっているところも、これこそがポップ・ミュージックでしょうというものなのだ。そして何より圧倒的なのが、ウータン・クランのRZAのラップがびっくりするほどジェントルに入ってくる“テイク~”から“レトログレード”への流れ。ぱっと耳を捉えるようなパーツで聴き手を惹きつけるのではなく、あえての空間/抑制からドラマが生まれていくのだが、これがアルバムの最後までノンストップなのだ。

24歳の若き青年ジェイムスが、恋の始まりと苦しみというパーソナルなテーマを歌っていると聞き、深く納得した。なぜジョニ・ミッチェルに魅せられていたのか今になってよく分かる。全編を聴き終わり初めに戻ると、このアルバムの圧倒的なトータリティの高さに恐ろしささえ感じてしまう。(羽鳥麻美)
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