
ボーカロイドを仮歌的なものとして捉える人もいますけど、僕はそう思ってはいません。ちゃんと歌わせてあげたい
――ボカロシーンもいろんな作風のクリエイターがいますけど、人間業じゃない無茶な歌い方をさせる曲も結構あるじゃないですか。でも、n-bunaさんのボーカロイドの歌は、人っぽいのも面白いです。情感とか体温がこもっているのを感じます。
「僕はまず『人間の歌える曲を作ろう』というのが意識の中にひとつあるんです。ボーカロイドに自然な歌い方をさせるための音域は考えています。ボーカロイドの打ち込みにもすごく時間をかけますし。やはり歌って肝ですから。ボーカロイドを仮歌的なものとして捉える人もいますけど、僕はそう思ってはいません。ちゃんと歌わせてあげたいっていうのがあるんですよね」
――変な表現ですけど、ボーカロイドをすごく人として扱っていますよね。ボーカロイドに対する優しさがあるプロデューサーだなと。
「僕はボーカロイドを使い始めて、いろんな文化にも触れて、すごく好きになってしまったんです。ボーカロイド、初音ミクとか好きですから。だからちゃんと扱ってあげたいというのがありますね」
――生身の人間の歌でご自身の曲を表現することへの興味はあります? 例えば、バンドを組んでライヴをやったりとか。
「機会があればやってみたいと思っていますよ。ライヴはDTMとはまた別のアプローチの仕方じゃないですか。CDとは違ってリアルタイムで届けられますし。いつか出来たらいいですね。まあ、僕の作る曲に合ったボーカリストを探さないといけないですけど」
――ご自身で歌うという選択肢は?
「僕は声の抜けが悪すぎるので、ダメです! 昔、自分の声で歌って曲を作っていた時、あまりにも自分の声の抜けが悪いのを感じて『向いていないんだな』と思いました(笑)」
――(笑)ボーカロイドならではの歌の魅力として感じているものは、何かあります?
「ボーカロイドの声ならではの雰囲気って、あるんですよ。言葉にするのは難しいんですけど、それは人間の声の歌とはまた別のものなんですよね。だから曲を作る時は、『このボーカロイドの声質で作品を完成させるんだ!』っていうのをすごく考えますし、ボーカロイドの声自体も作り込みます」
――例えばシンセサイザーっていろんな楽器の音色を模していますけど、あれって生楽器の代用品では断じてないんですよね。生楽器とはまた一味違うニュアンスを表現出来る素晴らしいツールですから。ボーカロイドもそれと同じだと言えるのではないでしょうか。
「言いたいことを全て言って頂きました(笑)。僕もボーカロイドにしか出来ない表現を日々探しています。まず、ボーカロイドだからこそ出来るのは、ピッチが思い通りに描けるっていうこと。生歌はピッチが不安定だからこその人間らしさがありますけど、ボーカロイドはそれとはまた別のニュアンスが出せるんです。機械的にピッチを揺らすことによって、感情がこもった感じに聞こえるようになるんですよね。機械的なのに感情もこもって聞こえるこの感じって、ボーカロイドならではのところです。あと、ボーカロイドならではの魅力を挙げるとすれば……やっぱり声がかわいい(笑)」
――(笑)間違いない。
「すごく好きですから(笑)」
――ボーカロイドだからこそ際立つ感情のニュアンスとして僕が感じているのは、「儚さ」です。人間の声による儚さとはまた一味違う切ない魅力があるなと。それはn-bunaさんの曲を聴いて感じる部分でもあります。
「僕はウィスパー系の音源をよく使っていますからね。これって、言ってみれば腹から出せていない声なんですよ。そういう要素と無機質さも加わって、浮遊感が出たりもするんです。おっしゃる通り、これは人間の声とは違う貴重な部分だと思います」
――n-bunaさんのボーカロイドの歌わせ方のスキルって、ものすごいですよね。ノウハウをいろいろ確立しているんじゃないですか?
「今まで試行錯誤してきた末の完成形みたいなものが、去年投稿した“ウミユリ海底譚”でしたね。そこで見えてきたものをさらに磨いて、今回のアルバムになった感じです」
今後、このカルチャーがもっと面白くなっていくための勢いの一端を僕が担えればなあ、みたいな自惚れ方をしているわけです(笑)
――既に発表している曲に関しては、“透明エレジー”がターニングポイントということになるんですかね?
「そうなりますね。“透明エレジー”の前も何曲か投稿していたんですけど、なかなか再生数が伸びなくて。だから、この曲で一気に伸びた時は嬉しかったです。そこからは『下手なものを作れないな』と思うようになって、作曲、編曲、ミックスとかを勉強するためにいろんな作品を聴いたりするようになりました」
――ボカロPの作品って、絵師さんのヴィジュアルと音が一体となっているのも独特ですよね。
「特殊な文化ですよね。絵、アニメーション、動画、音が合わさってひとつの作品じゃないですか。僕はそれまでは耳だけで音楽を聴きながら世界観を思い描いていましたから、初めてネットのこの世界に触れた時、『新たな音楽の形だな』と思いました。まあ、そういう聴き方ももはや新たなものではなくなっていますけど、作り手としてさらに突き詰めていきたいです。最近もいろんな人たちと一緒に素晴らしいものを作ろうとして画策しています」
――今後のボカロシーンに関して、どうなっていきそうだと感じています?
「シーンが落ち込んできたみたいなことを言われたりもしていますけど、今まではバブルだったっていうことなんだと思います。カルチャーとして未完成な部分もありますから、そこをいろんな人が補いながら、さらにいろんな形で発展していくんじゃないかと思います。今後、このカルチャーがもっと面白くなっていくための勢いの一端を僕が担えればなあ、みたいな自惚れ方をしているわけです(笑)」
――僕がn-bunaさんが描いているものに関して興味深かったのは、「生きる上でどうしてもつきまとう痛みや苦しさ」みたいなことをいろんな角度から捉えている点でした。
「先ほども申し上げた通り、僕は根が暗い人間なので(笑)。だからアルバムの最初のほうから、『めっちゃつらい!』『死にたい!』みたいな気持ちが出ているんですよね。でも、アルバムの終盤に近づく内に、だんだん希望を見出していく感じになるんです。例えば13曲目の“ずっと空を見ていた”は、希望を見出している感じを描いていますから。あと、5曲目の“昼青”の歌詞を受けての表現が10曲目“メリュー”に出てくるんですけど、その2曲にも変化が表れていると思います。徐々に希望へと向かう様子をアルバムの中に組み込めました。僕、暗い作品が好きなんですけど、最終的にはハッピーエンドというか希望が見えた終わり方でありたいんですよ」
――歌詞は謎かけっぽい面が強いですね。
「僕はひねくれているので、例えば直球のラブソングとかは作れないんです(笑)。謎かけっぽいほうが聴く人によっていろいろな捉えられ方をするじゃないですか。それも曲を作る面白さとして感じているところです。そういう解釈をもとに、その人なりの新たな面白いものを生み出す二次創作も、ニコニコ動画の文化ですからね。独自の解釈をもとに絵を描いたり、動画をつけたりする人がいますから」
――このアルバム、複数の曲に登場するワードに着目すると面白いと思います。「あっ、このワード、あの曲にも出てきた」とか発見するのをリスナーに推奨したいです。
「そうやって聴いて頂けたら嬉しいですよ。このアルバム、1曲として無駄なものはないですから。1曲1曲が、どこかしらでお互いに絡み合っています。そういう絡み合い方のひとつが、『手紙』に関するものですね。“始発とカフカ”は毒虫になった男がずっと手紙を書いている曲なんですけど、“夜祭前に”と繋がる部分があります。“夜祭前に”はインストですけど、ブックレットを見ると繋がりが感じられると思います。あと、“拝啓、夏に溺れる”が『拝啓』なのも手紙に関係した要素です」
――インストの“敬具”もそうですよね?
「はい。あと“着火、カウントダウン”にも手紙を拾った描写が出てきて、手紙の内容にも少し触れています。まあ、今挙げたのは一例ですけど、そういうのも意識して聴いて頂けたらいいですね。やっぱり僕は、想像の余地を大事にしたいですから。言ってみれば、このアルバムはストーリーとしては未完成。説明され尽くしていないところを聴き手が補って、解釈を膨らませることによって物語として形になる。そういう作品だなと思っています」
――今作をリリースしたあとの活動については、どんなことを考えています?
「実はあんまりなくて。僕、先のことをあまり考えていないタイプの人間なので(笑)。自分の好きな時に曲を書いて投稿したり、いろんな頂いたお話を受けて曲を作ったり。そうやって活動していくんじゃないかなと思います。僕は面白いものが好きなので、誰かに面白いと思ってもらえるものをやっていきたいです」

ミュージックビデオ
【初音ミク】 メリュー 【オリジナル】
リリース情報

1st Full Album
花と水飴、最終電車
2015/07/22 release
¥2,000+tax
品番:DGUR-10005
発売元:U&R records
- 01.もうじき夏が終わるから
- 02.無人駅
- 03.始発とカフカ
- 04.ウミユリ海底譚
- 05.昼青
- 06.拝啓、夏に溺れる
- 07.ヒグレギ
- 08.透明エレジー
- 09.夜祭前に
- 10.メリュー
- 11.着火、カウントダウン
- 12.敬具
- 13.ずっと空を見ていた
- 14.夜明けと蛍
- 15.花と水飴、最終電車
提供:U&R records
企画・制作:RO69編集部