新作リリース&来日決定記念!
UK屈指のシンガー・ソングライター、リチャード・アシュクロフト。ザ・ヴァーヴからソロまで、華麗なる才能の軌跡を今こそ検証

リチャード・アシュクロフト

「これぞ決定盤!」と呼ぶべきソロ・ニュー・アルバム『ジーズ・ピープル』を5月にリリースしたリチャード・アシュクロフト。そんな彼が来る10月に実に16年ぶりのソロ来日を果たす。 そもそも彼は極端に来日経験が少ないアーティストで、これまでにソロ(2000)、ザ・ヴァーヴ(サマーソニック2008)共にそれぞれ1度のみ。そういう事情もあってか、リチャードのキャリアの最初の10年間、90年代のヴァーヴの活動やその真価を、我々日本のファンは直接肌身で実感できなかったという因縁がある。 そしてだからこそ、リチャードがヴァーヴ時代も含む25年以上のキャリアを総括&集大成した新作『ジーズ・ピープル』を手にした今、改めて彼のこれまでの歩みを振り返り、軌跡を辿っておくことは、オール・キャリア・ベスト的な最新像を築き上げた「リチャード・アシュクロフト」を10月に迎える準備として、意味があることだと思うのだ。

文=粉川しの

”Richard Ashcroft - This Is How It Feels (2016)”

リチャード・アシュクロフトのキャリアの原点は、1990年のザ・ヴァーヴの結成まで遡る。ちなみに初期のヴァーヴは『アーバン・ヒムス』(1997)で確立された「90年代UKの大物バンド」というイメージからはかけ離れた、マニアックなダーク・サイケを鳴らすカルト新人、という扱いだった。 初期3枚のシングルとデビュー・アルバム『ア・ストーム・イン・ヘヴン』(1993)は、ノイズ&サイケデリックなそのサウンドから、既に終わりかけていたシューゲイザー・ムーヴメントの一派として便宜上、括られつつあった。しかし、漆黒の精神の淵を覗き込むようなヴァーヴのサイケは明らかにそれとは異質だったし、現実世界に戻れなくなりそうなグルーヴの酩酊と浮遊の危うさは、ステージでは常に裸足、瞳孔の開ききった眼で「俺は空を飛べる」とのたまい奇行を繰り返すリチャードその人のヤバさともイコールだった。そんな彼に当時のUKメディアが付けたあだ名はそのままズバリ「マッド・リチャード」。そう、90年代初期のリチャードは、その後25年以上に及ぶキャリアを築くなんて想像もできない、それ以前に人生そのものをあっけなく破滅させそうな狂気を纏ったアーティストだったと言える。

”The Verve - On Your Own (1995)”

しかし、そんなヴァーヴが破滅主義の徒花バンドではないことを証明してみせたのが、傑作セカンド・アルバム『ア・ノーザン・ソウル』(1995)のリリースだった。前作からのサイケデリックとグルーヴは受け継ぎつつも、そこにリリカルで温かなギターのメロディが加わり、深い余韻を残すリチャードの歌声も相まって、今なおヴァーヴの最高傑作に上げるファンも少なくない。 しかし時はブリットポップの全盛期、誰も彼もが浮かれまくっていた当時のUKシーンにあって、どこまでもシリアスでダーク、そして孤高の名盤だった『ア・ノーザン・ソウル』は100%理解され、受け入れられたとは言い難いものだった。結局、彼らはリチャードのドラッグ禍、リチャードとギタリストであるニック・マッケイブとの確執によって最悪な状況まで追いつめられ、あっけなく解散。当時の荒みきったリチャードの姿は、彼に捧げられたオアシスの“Cast No Shadow(影を無くしまったあいつ)”でも歌われている。

”The Verve - Bitter Sweet Symphony (1997)”

こうして最初の解散を迎えたヴァーヴだが、『ア・ノーザン・ソウル』までのいわゆる「ヴァーヴ第一期」の彼らの評価・人気は、前述のようにあくまでもカルト・バンドとしてのそれで、現在のリチャード・アシュクロフトのポジション、UKシーンにおける揺るぎなきアイコンとしての彼の下地は、『アーバン・ヒムス』で奇跡の復活を遂げた「ヴァーヴ第二期」に作られたものだ。 リチャードとニックの関係性をなんとか修復して迎えた最初の再結成、そして『アーバン・ヒムス』がリリースされたのは1997年のこと。当時は『ア・ノーザン・ソウル』の頃とは対照的にブリットポップがブームの終焉を迎えつつあった時期で、祭りの後のむなしさと疲弊感がうっすら漂うその場所に、高らかに復活のシンフォニーを打ち鳴らして独り凱旋を果たしたヴァーヴのインパクトは凄まじいものがあった。 ソロ最新作『ジーズ・ピープル』でも随所でフィーチャーされているストリングス、オーケストレーションは、このアルバムによってヴァーヴの代名詞となった。彼らのアングラなイメージはストリングスを多用したポップソングの精度によって一新され、『アーバン・ヒムス』はイギリスだけで300万枚を越えるビッグ・セールスを記録。こうして90年代後期、ヴァーヴは一気にオアシスと並び称される国民的バンドへと上り詰めた。 ちなみに、第一期、第二期ヴァーヴの3枚のアルバムに共通しているのは、「常に時代とズレた場所で鳴っていた」ということだ。そしてズレつつも1周遅れのトップランナーのように頂点を獲ってしまったのが、『アーバン・ヒムス』だった。しかし、『アーバン・ヒムス』の圧倒的成功もヴァーヴを時代に寄り添う「ふつうの人気バンド」として永続させることは出来ず、彼らは二度目の解散を迎えることになる。

”Richard Ashcroft - A Song For The Lovers (2000)”

ヴァーヴの2度目の解散の翌年2000年からスタートしたリチャードのソロ・キャリアの幕開けは、ヴァーヴ・サウンドを引き継いでいくと思われたものだった。『アーバン・ヒムス』で彼らの代名詞となったストリングスは(ニックの不在時に)自分が導入したのだ、という自負もあったのだろう。特に1作目の『アローン・ウィズ・エヴリバディ』はその自負を強く感じさせるものだった。しかしその後、彼のソロ・アルバムは盤を重ねるごとにリチャード・アシュクロフトという「個」のシンガー・ソングライターの方向性を模索するものになっていった。 決定的だったのは、2008年のヴァーヴの3度目の再結成と再結成アルバム『FORTH〜再生』のリリース、そして今度こそ最後の解散劇だ。こうしてヴァーヴが本当に終わったことによって、リチャードが明確に脱ヴァーヴを目指していくことになる。新バンド結成という形式をとり、ヒップホップやエレクトロに大胆に舵切った前作『ユナイテッド・ネイションズ・オブ・サウンド』は、まさに「ヴァーヴではない自分」を相対化しようとしたアルバムだったと言える。

”The Verve - Love Is Noise (2008)”
”Richard Ashcroft - Hold On (2016)”

こうしたリチャード・アシュクロフトのこれまでの歩みを辿った上で再び最新作『ジーズ・ピープル』を聴くと、本作が持つ意義がより鮮明に理解できるはずだ。 『ジーズ・ピープル』とは、一度は途切れたかに思えたリチャードの歩んで来た長い、長い道程を彼自身が今一度繋いでみせたアルバムだ。ストリングスにピアノ・バラッド、そしてギター・グルーヴと、ヴァーヴのシグネチャー・サウンドが次々に蘇り、リチャードの25年が集大成されている。崩壊と復活を繰り返した異形のバンド、ヴァーヴの功罪のすべてを彼がプライドと共に引き受けたことを感じるし、既に15年以上が経過しているソロ・キャリアもまた、その土台の上に築かれていることを示すアルバムでもある。『ジーズ・ピープル』からの最初のシングル“This Is How It Feels”が、“Bitter Sweet Symphony”を彷彿させる曲であったのも偶然ではないのだ。 そんな過去と現在を繋ぐ試みと同時に、本作では現在そのもの、つまり同時代性も感じさせるアルバムになっているのが新鮮だ。たとえば4つ打ちのディスコ・ビートを導入した“Hold On”のようなナンバーを聴けば、実は『FORTH〜再生』の“Love Is Noise”のような楽曲の段階で既にその片鱗が見え隠れしていたことにも気づくだろう。そう、本道だけではなく、いくつもの細い道もまた、修復され、丁寧に繋がれているのだ。 私たちが10月に目撃するリチャードはそんな、まさに集大成にして「完全体」のリチャード・アシュクロフトとしてやってくる。

提供:Big Nothing

企画・制作:RO69編集部

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