感覚ピエロ、2度目の47都道府県ツアー、そして切り拓いてきた『1826』日を大いに語る

感覚ピエロ、2度目の47都道府県ツアー、そして切り拓いてきた『1826』日を大いに語る

今回の47都道府県ツアーを終えて、ようやく感覚ピエロが感覚ピエロになれた感じはしますね(秋月)


――二度目の47都道府県ツアーを終えて、どんな手応えを感じてますか?

横山直弘(Vo・G) いままで大阪でやったライブでいちばんいいライブがファイナルでできたなっていうのがあって。5年間かけて、ちゃんと自分たちを高めていけたんだなっていう実感をもって終われたので。とてもいい47都道府県ツアーだったなと思います。

――今回のツアーを何か所か観させてもらいましたけど、序盤のZepp TokyoもファイナルのなんばHatchも、同じようにダンサーを投下した派手な演出もあったけど、ファイナルのほうがちゃんとお客さんも含めて、ひとつの空間を作れるようになったなと思いました。

西尾健太(Dr) 途中からみんなで回ってる感が出せるようになってきたんですよね。今回はファミリー感っていうのを意識してて、ファイナルでは遠くから来てくれた人もいるなかで、「感エロファミリー」としてのライブができたんじゃないかなと思います。

滝口大樹(B) 1本目が名古屋、2本目が東京のZeppだったんですけど、その時は気持ちとして力んでるところもあったんです。でも最後はいい感じの力加減でできたかなと思います。

秋月琢登(G) 最後のなんばHatchは47都道府県ツアーのいい意味での集大成感が出たなと思いましたね。前回のなんばHatchはソールドアウトしてなかったので、そのリベンジマッチもできたかなと思います。

――前回のなんばHatchはいつでしたっけ?

秋月 2017年の1月ぐらいだったから、ちょうど1年半ぐらい前ですね。

――1年半でなんばHatchを埋められる状況を自分たちで作ってきたってことですね。

横山 そうですね。でも、今はなんばHatchを終えて、やっと辿り着いたぜっていうよりは、頭のなかでは秋から始まるツアーとか来年の幕張のことを考えてますけど。

――感覚ピエロっていつも、ひとつ何かをやり遂げたら、その時にはもうすでに次のことを考えてる。振り返ると5年間ずっとその繰り返しのような気がします。

横山 最初にミニアルバムを作った時から「できた!」と思ったら、じゃあ、もう次のミニアルバムを作ろうっていう感じでしたからね。

滝口 最初からバタバタやったなあ(笑)。

横山 だから、どの1年を切り取っても、年表で振り返ると、いつも目まぐるしく何かをやってるなっていう5年間なんですよ。自主レーベル(JIJI RECORDS)を立ち上げましたっていう1年目があって、その年に今もライブでやってる“O・P・P・A・I”っていう曲が生まれたり、3年目を迎えた頃に、“拝啓、いつかの君へ”をドラマの主題歌に起用していただいて、その次の年にはJIJI RECORDSが株式会社(JIJI INC.)になって。常に挑戦してきた5年間だったんですけど、今回の47都道府県ツアーを終えて、ようやく感覚ピエロが感覚ピエロになれた感じはしますね。

――「感覚ピエロっていうジャンルになりたい」っていう話は、初期の頃から言ってましたよね。

横山 そうですね。もともと高校とか中学で仲が良かった人たちで組んだわけじゃなくて、こいつはプレイヤーとしてできるっていうやつらが集まって組んだバンドだから。それぞれの牙を剥きながらやってきた4人が、ようやく感覚ピエロっていう塊として、どういうふうにアプローチしていこうかってところに辿り着いたというか。

秋月 やっぱりそれぐらいかかりますね、バンドがかたちになるのは。

――秋月くんは、この5年間、バンドの中心となって動いてきて、どう感じます?

秋月 もう5年経ってしまったかと思います。僕が23歳の時に始まったバンドだけど、今年28歳で。横ちゃんも26歳で。横ちゃんなんて出会った当時は10代でしたし。

滝口 大学生やったもんな。

秋月 このメンバー4人で続いてるんだなと思うと感慨深いですよね。悪い瞬間もあったけど、もちこたえてきた。全員が食いついてやっていこうぜってなってるから。

「感覚ピエロは、感覚ピエロだけでやってるよ」っていうことを胸を張って言えるんです。だから僕はこの5年間は絶対に間違いがなかったと思います(横山)


――そもそも仲良し同士の集まりじゃなく始まったバンドだけど、無茶しながらも、誰ひとり欠けずに5周年を迎えられたっていうのは、バンドのひとつの勲章ですよね。

滝口 組んだ時から、秋月さんがずっと言ってるのは、「ひとりでも欠けたら、このバンドをする意味がない」って。

秋月 それは言ってますね。やっぱり弱くなる気がするんですよね。5年間一緒にやってきた誰かが辞めたら、どうしてもモチベーションは下がるし。その5年間を新しい誰かで埋めていくのは、ほんまに結成1年目と一緒になってしまう気がするので。

――もともとメンバー全員が一匹オオカミみたいなところはあるんだけど、だからこそ手を組んだときに強くなる。

横山 なかにはメンバーが脱退されても、「俺らは前を向いてやっていくぜ」っていう選択をして、それまでよりもさらに成功を収めてるバンドもいるので、言葉の選び方が難しいんですけど。僕らは同じ人間でロマンを積み重ねていくことに、バンドの美しさを感じるし。酸いも甘いもあって、全部乗り越えたところで、いまのバンドがいる、応援してくれるお客さんがいるっていうところに美学を感じてしまう以上、感覚ピエロは感覚ピエロとして組んだ、その時のままいるのが理想かなと思ってるんです。

――なるほど。あと、感覚ピエロの5年間を語るうえでは、常に自分たち主導で進んできたこともトピックですよね。道なき道を進んできたバンドじゃないですか。

秋月 ルールがあるところにあんまり行きたくないんですよね。そっちに行っちゃうと、ルールの上にいるバンドになってしまうような気がして。そういうのから逃げてたら、それが僕らの道になっていたというか。気づいたら、「感覚ピエロって面白い活動をしてるね」って言ってもらえるようになったんです。音楽をやるなら、どこかに所属してやるのがいちばんラクだとは思うんですけど、気づいたら道なき道をいってたなっていう、結果論ですね。

横山 バンドとはかくあるべきっていうのは、僕たちの活動が全てなんじゃないかなと思ったりしますけどね。僕らが10代で音楽を聴いてた時は、プロデューサーとかマネージメントっていう単語もわからなかったから、目に見えてるアーティストの裏にどういう人たちが動いていて、どういうふうに曲が生まれてるかもわからなかった。アーティストが全部自分たちで作ったものが世に出てると思ったけど、でも知識が増えていくごとに、「あ、そんなにシンプルな話でもないんだ」って気づくじゃないですか。そういうことに対して、「感覚ピエロは、感覚ピエロだけでやってるよ」って胸を張って言えるんです。だから僕はこの5年間は絶対に間違いがなかったと思いますね。

――そんな5周年のタイミングでリリースされるのがサブスク限定アルバム『1826』です。こういう形態で出そうと思ったのは?

秋月 もともとサブスクを充実させたいですねっていう話をしてて。曲数を数えたら、たまたま69曲っていう意味のある数字だったので、全部入れることにしたんです。

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