神はサイコロを振らない、1stフルアルバムはCD2枚組・全20曲! 多彩な歌と音像の核心に迫るインタビュー

神はサイコロを振らない、1stフルアルバムはCD2枚組・全20曲! 多彩な歌と音像の核心に迫るインタビュー

自分のプレイに焦燥感みたいなものがずっとあって。地獄の日々だったんですよ。寝ても覚めてもギターと向き合ってきた2年間でした(吉田)

――メジャー1stフルアルバムにして、2枚組・トータル20曲収録というボリュームの作品になりました。みなさんにとっては、ここまでの道程を改めて振り返るようなアルバムでもあると思うんですが?

吉田喜一(G) 前に出した『理 –kotowari-』(2020年)っていうミニアルバムから、自分のプレイに対する納得のいかなさというか、焦燥感みたいなものがずっとあって。そこからは結構、地獄の日々だったんですよ。「自分のプレイをどうしたらいいんだろう」って、寝ても覚めてもずっとギターと向き合ってきて……すごく苦しかったのもあるし。俺、あんまり「努力した」って言いたくないんですけど(笑)、本当に努力したのがこの2年間だったんですよね。それがすごく形になったな、っていうのもあって。

桐木岳貢(B) 他のバンドを見てると、だいたいアルバム2枚目、3枚目って音楽性が変わったりするのが面白いなあと思ったりするんですけど、「俺ら、このあとの作品ってどうなるんだろう?」って(笑)。だけど、それは不安っていうよりは、ワクワク感のほうがでかくて。「もっといろんなことがやりたい」っていう感情も芽生えてきたのはありますね。だから、もっとインプットして、自分に落とし込んでいきたいし。自信がついたことで、意欲も湧くし。今回、この20曲ができてよかったです。

黒川亮介(Dr) 自分は結構、レコーディングしていく中で、ついていくのに必死で。自分にない引き出しを求められたり、やったことないプレイスタイルでやることが多かったので。通して聴くと、その時のことが1曲ずつ、その曲に込めた想いが蘇ってくるし。神サイのたどってきた音楽ジャンル――ポストロックな部分だったり、ラウドなサウンド感だったりっていうのも、しっかりマッシュアップした形で出せたんじゃないかなって。成長は感じられますね。

柳田周作(Vo) 俺らってもともと、音楽的なルーツとか好みが本当にみんなバラバラで。ライブハウスシーンっていうところにおいては、ずっと浮き続けてきたバンドなんですよね。ポップスの界隈であったり、ギターロックの界隈であったり、ラウド的な界隈であったり……本当にいろんなところと対バンして。横のつながりがどんどん広がっていって、いろんなイベントにたくさん出まくった結果、神サイの出番の瞬間だけ確実にアウェイだったんですよ。俺ら自身もそれが大きな悩みのタネだったし、ライブハウスの人からも「神サイって、どうなりたいの? どこに行きたいの?」ってずっと言われ続けてきたバンドだったんです(笑)。そんな神サイの現状が、『事象の地平線』っていうアルバムに全部出てるなって。マスタリングで20曲聴いた時に、「俺らクッソいい曲作れとるやん!」って(笑)。ビッグマウスとかじゃなくて、「曲だけだったら誰にも負けてねえな」って思える自分が――初めてそういう感情が芽生えて。神サイの7年間は間違ってなかったんだな、って思えたのが大きいですね。

ジャンルを絞らない、他の音楽性に興味を持つことって、成長にめっちゃつながると思う。それは「神サイらしさ」だなって(桐木)

――これだけ音楽性が幅広くて、しかも全20曲中10曲がタイアップ曲で、さらに“初恋”(神はサイコロを振らない×アユニ・D[BiSH/PEDRO]×n-buna from ヨルシカ)や“愛のけだもの”(神はサイコロを振らない×キタニタツヤ)といったコラボ楽曲もあり……という作品って、バンドとしての統一感・一体感って表現しにくいと思うんですけど、このアルバムを通して聴くと、紛れもなく「バンド・神サイの音楽」になっていて。みなさんの中でも「ここを外さなければ神サイの音楽になる」という核心のようなものがある気がするんですけども?

桐木 俺は……「あえて固執しない」っていう。ジャンルを絞らないのは「神サイらしいな」という武器だと思うし。他の音楽性に興味を持つことって、成長にめっちゃつながると思うんです。そういうマインドがあったからこそ、こういうバラエティに富んだアルバムができたと思うので。それは結構「神サイらしさ」だなって――時間をかけて見えてくるものだなと思いました。

吉田 俺たちの音楽性って、正解は柳田にあると思っていて。歌とか曲に関しては、自分自身のプライドが邪魔して入ってこようとするところは、懸命に削ぎ落としましたけどね。マジで邪魔なんですよ(笑)。でも、自分の見せ場というか――ギターソロとか「ここのオブリガードだけは譲れん!」みたいなところももちろんあって。そこだけは何がなんでも自分の世界にしたいし。

黒川 自分も、全曲共通していたのは「どれだけ歌に寄り添えるか」だったので。歌をどれだけ大事にドラムができるかっていう――そこを外さなかったら神サイのドラムになるんじゃないかなって。

柳田 最後の“僕だけが失敗作みたいで”は、この20曲の中でいちばん神サイっぽいと俺は思ってて。どこまでも生々しいっていうか。歌詞の話になるんですけど――包み隠さず赤裸々に言うと、自分の劣等感だったり、「自分には何もない」「自分なんか」って自分につきまとってた呪いみたいなものだったりが、このバンドを動かす起爆剤、原動力にもなっていて。それを俺は、自分で認めてあげることができてなかったというか。自分を卑下する段階で止まってたんですよ。でも、歌詞でも言ってるんですけど、《「何もない」がある》じゃん、って。ネガでまみれてた自分を肯定してあげられたんですよね。神サイの最大の武器のひとつは、詞においてどれだけ自分が生々しくリアルに、自分の生活や記憶を言葉に換えてアウトプットできてるか、っていうところだと思うので。この曲たちって、俺にしか書けないんですよ。俺の人生の歌なんで。それはもはや、強みとか武器とかいう次元を超えてて。唯一無二の、神サイにしかないもの、って自信を持って言えるんですよね。

次のページやっと新鮮な気持ちで“夜永唄”と向き合って、もう一回歌を入れることができた。「やっぱりこの曲すげえ大切やな」って(柳田)
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