会場となった東京キネマ倶楽部が、そんな特別なサムの初来日公演をさらに特別な空間へと仕立て上げていた。昭和初期のグランドキャバレーの雰囲気をそのまま色濃く残したこの会場は、半円形の3層構造で、メイン・ステージには深紅の緞帳が幾重にもドレープを作り、向かって左上には緩やかなカーブを描く階段で繋がれたサブ・ステージが設置されている。この超オールドスクールな歌謡の世界の内装が、まるで映画のワン・シーンのようなドラマ性を生むのだ。
サム・スミスはサブ・ステージのカーテンの向こう側から登場した。一筋のスポットライトを浴びながら階段を降りてくるサムの姿はまさにザッツ・ソウル・シンガー!のそれで、会場からはどよめきのような歓声が上がる。1曲目は“Nirvana”。わかってはいたけれど、恐ろしく歌が上手い。しかもこの人が凄いのは、わざとらしいフェイクや見せつけるようなビブラートといった技量のアピールではなく、ふとそこに発声したあるがままの声がどこまでも魅力的なのだ。「日本に来る事ができたのは僕にとってアメージングなギフトです。アリガト、アリガト、アリガト!」とサム。「次の曲はみんなでシンガロングして欲しいな」と始まった“I'm Not The Only One”も、マイクのコントロールが効いてさらに艶を増した完璧に美しい歌唱だ。この日のバック・バンドはピアノ、ギター、ベース(チェロ)のミニマムな編成で、音数を極力押さえたシンプルなアレンジで控えめにサムの声に寄り添い、あくまでも今回はサム・スミスの「歌」の初披露の場だという原則に徹している。ミニマムかつシンプルと言えば、どこまでも自然体で力んでいないサムの佇まい自体もそうだ。さほど広くないステージをゆらゆらと漂いつつ、素のサム・スミスの表情のままで丁寧に歌う。サムが響かせる歌声の至上のカタルシスと、目の前にいる彼の平熱な佇まいのギャップが、むしろ新鮮に感じる。
「次は僕の親友、ディスクロージャーの曲です」と紹介して“Latch”が始まる。果たしてこのダンス・トラックをどう調理するかと思いきや、チェロとピアノだけで超エレガントでジャジーなヴァージョンへと生まれ変わらせた。確かにサムの歌メロはあの“Latch”なのだけれども、まったくの別物に仕上がっている。「君たちは本当にポライトだね。イギリスだと僕が歌ってる最中にもお客が食べたり飲んだりケンカしたりしてるんだけど」とトークで笑わせたところで“Lay Me Down”へ。この曲が本当に凄かった。「僕の歌は全てパーソナルな体験に基づいているし、裸の僕、僕自身であるってことを歌っている」とサムはこの曲について紹介したが、つくづくサム・スミスの凄さとは、ひとりの男の等身大を歌った歌曲が普遍の聖歌へと転じるミラクルであることがわかる。ラストはもちろん“Stay With Me”。この1年、世界で最も成功したポピュラー・ソングである同ナンバーを生で聴くこと、それは「サム・スミス個人の歌」であり「みんなの歌」でもあるそれを、「私の歌」へと転化していく贅沢な体験だった。
1. Nirvana
2. I'm Not The Only One
3. Leave Your Lover
4. Latch
5. Lay Me Down
6. Stay With Me