椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ

椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ - All photo by 太田好治All photo by 太田好治

●セットリスト
1 sound & vivision
2 本能
3 流行
4 雨傘
5 日和姫
6 APPLE
7 マ・シェリ
8 積木遊び
9 個人授業
10 どん底まで
11 神様、仏様
12 化粧直し
13 カーネーション
14 ありきたりな女
15 いろはにほへと
16 歌舞伎町の女王
17 人生は夢だらけ
18 東京は夜の七時
19 長く短い祭
20 旬
21 恋の呪文はスキトキメキトキス
22 ちちんぷいぷい
23 獣ゆく細道
24 目抜き通り
25 ジユーダム
(アンコール)
EN1 はいはい
EN2 夢のあと


デビュー20周年を記念しての椎名林檎のアリーナツアー「(生)林檎博’18 -不惑の余裕-」。10周年記念ライブ「椎名林檎 (生)林檎博'08 〜10周年記念祭〜」からもう10年が経ったことに軽い眩暈を覚えつつも、この10年間の彼女の活動を振り返ってみると、デビューしてからの10年の激動とはまた違う意味で、豊かな波乱に満ちた10年だったと思う。今思えば、急激なブレイクを果たした初期、出産・育児のための活動休止期、東京事変の始動からメンバーチェンジという最初の混沌とした10年を、30歳を迎えた椎名林檎はある意味、あの10周年記念の「林檎博」をひとつの節目にして整理し直したように思う。業界の慣習や常識にとらわれず、音楽的にも活動形態的にも成功体験に基づいてルーティン化することを好しとせず、椎名林檎という表現者にしかできない形でその存在感を音楽というジャンルを越えて示しながらこの10年を走ってきたのだ。その間、東京事変は精力的な活動の末に解散したし、第二子の出産の報告もあった。この10年の中で彼女は自分の人生の味わい方を変え、そこから聴き手の人生により深い幸福をもたらす音楽を真摯に追求し続けてきた。今回のデビュー20周年記念ツアーは、そんな椎名林檎が不惑を迎えるにあたって(ツアー中の11月25日に40歳の誕生日を迎えた)ライブという形で新たな節目を刻む、大きな意味を持つものになると思った。そんな背景を踏まえながら、ここに僕が観た11月22日のさいたまスーパーアリーナ公演の模様をお伝えする。

椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ
椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ
客電が落ちると、早速センターとサイドの巨大なスクリーンを駆使して、オーケストラの楽器紹介をハイブリッドに演出、まずはこのライブのデジタルとアナログが融合した音響と映像のスペックの高さをスマートにプレゼンテーションする。そして耳馴染みのあるフレーズのサンプリングから「いきなり“本能”からのスタート!」と思いきや、ステージ真下からのせり上がりで登場したのはRHYMESTERからMummy-Dという意表を突いた展開! トリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』でのカバーアレンジを基調に会場の温度をグイグイ上げていく。そして2コーラス目のサビで、女王のように王冠を被った椎名林檎本人がステージ後方高くからガラスケースに入って登場。レーザーの飛び交う中で堂々たる歌声を響かせ、そしてガラスケースをMV同様に蹴破りステージに降り立ったのだった。そのまま『三文ゴシップ』収録のMummy-Dとのコラボ曲“流行”へと雪崩れ込み、Mummy-Dが椎名林檎の掌をタッチして去っていくところまで完璧に鮮やかなオープニングとなった。そして、そこからの選曲はTOKIOPUFFYへの提供曲、テイ・トウワとのコラボ曲、資生堂「マシェリ」のCMソング、そしてファーストアルバムからの“積木遊び”にフィンガー5のカバーと予定調和を徹底的に拒否するセットリスト。しかし、すっかり総合アート集団としての共犯関係が洗練を極めつつある、バンド、オーケストラ、映像、ダンス、そして椎名林檎の歌とパフォーマンスの融合が生み出す快感が全く選曲をマニアックに感じさせない。むしろベストアルバム的な選曲ではないからこそ純粋にエンターテインメントに浸れて贅沢な感じがするところが椎名林檎のショーならではと言える。

椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ
椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ
ライブ折り返し地点のインスト“化粧直し”のあと「5歳の若女将」と自己紹介する可愛らしい女の子の声のナレーションが入る。「兄の若旦那は17歳になりました」「今後とも母をよろしくお願いします」といった言葉から、娘さんの声だということがわかり会場は歓声と微笑みの渦に、そして10年前の「林檎博」でも息子さんが同じようにナレーションをした記憶が甦った人もいて懐かしさに包まれる。そして、そんな娘さんの声のたすきを優しく受け取るように美しいロングドレスで再登場した椎名林檎が歌うのは“カーネーション”。そこからの“ありきたりな女”、“いろはにほへと”、“歌舞伎町の女王”、“人生は夢だらけ”の流れは、さっきの記述と矛盾するけれど多くのファンが彼女の音楽と共に人生を重ねてきた記憶を思い出すようなベスト的な選曲で、そこにはとてつもない感動があった。1曲1曲を紡いできたことがいつしかひとりの女性の壮大な愛の大河ドラマを描いていて、気付いたら音楽によって人生トータルに寄り添ってくれるような存在に椎名林檎はなっていた。デビュー当初から彼女の音楽はそういう力を持っていて、多くの聴き手の救いや癒しになっていたのだけれど、特にここ10年の活動によって、それは自覚的で豊かなエンターテインメント性を持つものになっていったのだと、このブロックで強く思った。

椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ
椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ
そこからは浮雲との共演、アニメ『さすがの猿飛』の主題歌だとわかるかどうかはやや世代を選ぶ“恋の呪文はスキトキメキトキス”のカバー(僕は悔しながらすぐにわかってしまいました)、そして話題沸騰中のエレファントカシマシの宮本浩次とのコラボ曲“獣ゆく細道”ではセンタービジョンに映像で巨大な宮本が登場して壮絶な生き様剥き出しの歌のぶつかり合いが展開(11月24日、25日の公演では宮本が生で登場した!)。そして“目抜き通り”では、ウルフルズからトータス松本が生で登場! 「トータスさんが来てくれました!」と林檎が高らかに叫び、オーディエンスは大興奮。これまでのどの椎名林檎のライブよりも華やかで豪華絢爛な祭典として彩られる今回の「林檎博」を象徴するクライマックスの時間に、天まで手を取り合いながら駆け上がるようなふたりの歌声とパフォーマンスが一気に誘った。

椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ
椎名林檎/さいたまスーパーアリーナ
アンコールでは、青の着物を身に纏い、番傘を差して、袖で顔を隠しながら少し戯けて登場。発育ステータス名義の人気レア曲“はいはい”で長年のファンを喜ばせつつ、震えた感無量の声でオーディエンスに感謝のMCが届けられた。「この名前で20年間やり続けるとは思っていませんでしたし、大衆的なことを目指して活動してきたわけでもないので、こんなにたくさんの人に囲まれてるとも思っていませんでした。もっとぽつねんとしているだろうと思っていたので……」。僕は、この彼女の言葉と、これまでも何度か重要な場面で歌われてきた東京事変“夢のあと”でこの日のライブが結ばれたのを観て、何一つ曲げずに音楽で人生に向き合い続け、これからも最後の一呼吸まで生き抜こうとしている椎名林檎というアーティストの特別さを改めて感じた。今回の「林檎博」は、温かく、美しく、愛と自由に溢れていた。それは音楽に見染められた彼女が、その人生にまっすぐひたむきに向き合い続けたことで手に入れたものだ。これからも彼女の音楽が私たちの人生に寄り添ってくれることを願いながら、デビュー20周年を心から祝福したい。(古河晋)
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