●セットリスト
1.HE IS MINE
2.およそさん
3.一生のお願い
4.かえるの唄
5.イト
6.AT アイリッド
7.大丈夫
8.僕は君の答えになりたいな
9.キケンナアソビ
10.週刊誌
11.火まつり
12.愛す
13.5%
14.誰かが吐いた唾が キラキラ輝いてる
15.あ
16.身も蓋もない水槽
17.社会の窓と同じ構成
18.イノチミジカシコイセヨオトメ
19.社会の窓
10月27日、クリープハイプの「『太客倶楽部』会員限定無観客(生)配信ライブ『中で出す』」が行われた。初の配信ライブであり、バンドがワンマンで生演奏を披露するのは、今年2月以来となる。その間に「RUSH BALL 2020」への出演はあったものの、フルでたっぷりライブを見せてくれるのは実に10ヶ月ぶり。「太客倶楽部」つまり、ファンクラブ会員限定で視聴チケットが購入できるライブで、会場に足を運ぶことこそ叶わないものの、Twitter上では開演前から「#クリープハイプ」、「#外に出す」というハッシュタグで多くの人がツイートを投稿し始め、期待感が高まっていく。入場19:00、開演20:00という事前の告知通り、余裕を持って「ライブ会場」へとアクセス。すると、開演15分前くらいから、(タイトル画面を映し出したまま)サウンドチェックの音が漏れ聞こえ始める。メンバーの姿は見えないのだけれど、そこにいる、そのリアルに高揚する。そして聞こえてきた演奏は“手”と“愛の標識”。ライブハウスに入る前に、音漏れのリハを聴いているような、そんな気持ちにもなる(そしてこの2曲はいずれもこの日のセトリにはなかったものだった)。
「開演」の時間を少し過ぎ、映像が切り替わる。小さなライブハウス、密接なステージ。長谷川カオナシ(B)のベースラインが響いて、明滅するライティングとともに不穏なイントロが流れる。1曲目は“HE IS MINE”。大映しになる尾崎世界観(Vo・G)の表情。クリープハイプの曲は通常のライブでも、思わず固唾を飲んで聴き入ってしまうことが多いが、オンラインという、より没入感を誘う環境では、思わず呼吸を忘れるくらいにその歌に入り込んでしまう。曲終わりに「ありがとう」とつぶやく尾崎の声、その後の静寂さえも、不思議な生々しさがあって、ライブハウスの緊迫感を共有するという意味では、この日の配信ライブは、「生」以上に「生」だったかもしれない。小川幸慈(G)が奏でるギターイントロが響き、小泉拓(Dr)が軽妙なリズムを叩き出すと2曲目は“およそさん”。早口でまくし立てるボーカルにもドライブがかかり、より「ライブ」の空気が充満していく。「かわいい歌を一曲歌います」と言って歌った“一生のお願い”では、さらにバンドサウンドが熱を帯びる。“かえるの唄”では、長谷川のリードボーカルと尾崎の歌声のハーモニーが響き渡る。尾崎の「茹だれ! かえるちゃん」という煽りが、今思い返せばいろんな意味を含んでいそうで、妙に頭にこびりついて離れない。16ビートのタイム感とファルセットのコーラスで聴かせる“イト”や、長谷川と尾崎の掛け合いで聴かせるミドルバラード“AT アイリッド”などは、成熟したバンドアンサンブルがいつにも増して近い距離で感じられるような気がして、これもまた息を詰めて見入ってしまう。
この日のライブがより「生」な肌触りだったのは、会場が小さなライブハウス(おそらく下北沢DaisyBar)だったこともあるけれど、通常では観ることのできない視点でメンバーそれぞれの表情や動きを捉えた映像と、まるでこちらの体が揺れているかのように感じる動きのあるカメラワークによるところも大きかったと思う。小泉のキックの足元までを映し出す映像も、尾崎の瞳がまるで目の前にあるかのような思い切った寄りの映像も、リアル以上のリアルで迫ってくる。たぶん現場ではこちらが感じる以上の、ある種の緊迫感が漂っていたのだろう。尾崎は「めちゃくちゃ緊張する。なんだろこれ。人生でこんなに緊張することってなかったな」と言っていた。この双方が感じる緊迫感が、ライブの新鮮な高揚感を生んでいた。
「2月以降、今はいい状況じゃないけれど、日常に対して、何より今は自分に言い聞かせたい」と言って“大丈夫”が始まった時には、それまでの緊迫感から一転、やさしく心がほぐれるような心地がして軽快なバンドサウンドに体が揺れた。“僕は君の答えになりたいな”のじわっと心に染み込んでいく歌声や叙情的なスライドギターにも、これまで以上の「癒し」を感じる。インストゥルメンタルの“なんてことはしませんでしたとさ”の穏やかさも挟み込みつつ、かと思えば同期のシンセサウンドとともに再び不穏な空気をまとって“キケンナアソビ”のイントロが流れ出せば、淫靡で退廃的なムードが漂う。ダーク。だけれど切ない。そしてアップテンポなロックサウンドですべて蹴散らしてくれるかのような“週刊誌”、シャッフルのビートと激しくうねるベースがまつりの後ろ暗さまでを表現する“火まつり”と、セトリの振れ幅に恐ろしく感情が波打つ。心がずっとザワついている。まさにライブで感情を揺さぶられているかのように。
そして尾崎はステージを降りて、ひとりカメラに背を向けフロアからステージ上のメンバー3人を見つめるように、スタンドマイクで“愛す”を歌った。明るくさわやかなファンクネスを纏った楽曲。それが一際切なく響く。そういえば、この日の尾崎はニール・ヤングのTシャツを着ていたが、その背中には「SPONSORED BY NOBODY」の文字がプリントされている。意図的ではないにせよ、この言葉はそのままクリープハイプの、尾崎世界観の姿勢にもつながるものだなと、その背中を見ながら、“愛す”の捻くれた歌詞を聴きながら考えていた。長谷川もフロアに降りて鍵盤を弾いた“5%”では、空間を満たしていくような残響感あふれるギターやドラムのリムショットが、非日常な「ライブ」の景色を彩る。微熱の温度感で響くバラードは、終盤のクライマックスへ向かう予兆でもあった。
“誰かが吐いた唾が キラキラ輝いてる”で炸裂するバンドサウンド。続けざまに演奏された“あ”の性急なビート感も、照明の演出が相まって、現場にいる以上に、胸が苦しくなるような生々しさがあった。さらに“身も蓋もない水槽”では、歌い出し(というかスポークンワード)を「緊急事態宣言から約半年」と変えて、突きつけるように、どこまでもヘヴィなロックサウンドを鳴らす。そしてすべてを絡め取って混ぜっ返して吐き出すみたいな“社会の窓と同じ構成”へと続く流れには、ただただ身を任せるよりほかないと思うほどの衝動が満ちていた。
歌い終わって、「こんなの初めて」と尾崎も笑う。「気持ちが入り過ぎちゃった」というのも、生配信のライブだからこそだったかもしれない。
“イノチミジカシコイセヨオトメ”で切ないロックンロールを鳴らした後は、ラストの“社会の窓”。吐き出される言葉がひとつひとつ、波のように耳に突き刺さる。ライブの終わりが近いことを知らせるような、エモーショナルなアウトロのバンドサウンド。《愛してる》の言葉。演奏が終わると、唐突に映像はシャットダウンし、「ご視聴いただきありがとうございました」の文字。やりきって去るがごとくのエンディングで、視聴者は余韻から抜け出せない。見事。
約1時間半。濃密な生配信ライブは、クリープハイプだからこそのリアルさ、配信だからこその生々しさに最後まで貫かれていた。その後に行われた「タク飲み」の配信は、ライブの打ち上げの様子をのぞいているような、熱いライブのあとの倦怠感をそのまま共有するような雰囲気で、これもまた今だからこそ実現できる流れだった。そう。クリープハイプは、尾崎世界観は常に何かを企んでいる。(杉浦美恵)
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