くるり/Zepp Haneda(TOKYO)

くるり/Zepp Haneda(TOKYO) - All photo by 岸田哲平All photo by 岸田哲平

●セットリスト
1.琥珀色の街、上海蟹の朝
2.ばらの花
3.さよならリグレット
4.ハイウェイ
5.新曲
6.鍋の中のつみれ
7.三日月
8.新曲
9.花の水鉄砲
10.野球
11.さっきの女の子
12.ハム食べたい
13.潮風のアリア
14.loveless
15.リバー
16.ロックンロール
17東京
(アンコール)
EN1.pray
EN2.奇跡


くるり/Zepp Haneda(TOKYO)
去年、東京に最初の緊急事態宣言が出るか出ないかという頃に、くるりの“HOW TO GO”を繰り返し何度も聴いていた時期があった。あの、たゆたう波のように大らかで、その雄大さゆえに時折恐ろしくすらあるアンサンブルが、生活や仕事や新種のウイルスに惑う自分の心に、心強さと穏やかさをもたらしてくれるような感覚があった。「それでも、先に進まなければいけない」と、自分が胸の内で痛く理解していることを感じながら、流れる時間の中でまざりあう寂しさとか嬉しさとかいろいろを、また感じていた。
くるりの音楽には、「惑い」を抱きとめるように美しく揺れ動く響きがある。行くべき場所はなんとなくわかっているが、「そこ」にどうやって行けばいいのか惑っている……そういう時に、くるりの音楽は、鮮やかな風のように吹いて、この身を撫でる。変わっていくこと、過ぎ去っていくこと、忘れてしまうこと、想い出そうとすること。様々な悲しさと祈りがそこにはある。もちろん、感傷に食い殺されないように、身軽なユーモアも交えて。長い年月に渡ってくるりの音楽が多くの人に求められてきたのは、この世界にはきっと、その人にしかわからない大事なものを抱えた迷い人がたくさんいるからなのだろう。実際、この日、ライブが始まる少し前にZepp Haneda(TOKYO)に着くと、会場の周りには、ぼんやりと羽田空港に停留している飛行機を眺めながら、何かに思いを馳せているような人たちがたくさんいた。これから、あなたはどこに行くのだろう? 私はどこに行くのだろう?

くるり/Zepp Haneda(TOKYO)
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6月9日、Zepp Haneda(TOKYO)で、くるりのワンマンライブを観た。「くるりライブツアー2021」という彼らのツアーとしては珍しくシンプルなタイトルが掲げられた、全国4ヶ所を回るツアーの千秋楽で、東京公演の1日目。去年予定されていた18年ぶりの日比谷野外大音楽堂公演を含むツアー「くるりライブツアー2020『特Q』」が新型コロナウイルスの影響で中止となったこともあって、このツアーは、観る側にとってもバンドにとっても待望のツアーだったはずだが、同時に、今年の春にアルバム『天才の愛』のリリースを最後に長らくメンバーとして活動してきたファンファンがバンドを脱退したこともあり、必ずしも「再会」の喜びだけに満ちているわけでもなかった。バンドにとっては、始まりと終わりが交錯する季節の出来事でもあったはずだ。このツアーでくるりは、岸田繁(Vo・G)、佐藤征史(B・Vo)のふたりに加え、野崎泰弘(Key)、松本大樹(G)、石若駿(Dr)という3人のサポートミュージシャンを含む5人編成のバンドとしてステージに立った。

くるり/Zepp Haneda(TOKYO)
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アルバム『天才の愛』が曲ごとに様々なバリエーションを見せたうえに、音の「響き」に細部までこだわった録音作品として非常に濃密かつ繊細なものだったので、実際にライブを観るまでどういったモード、あるいはムードのライブが展開されるのかまったく予想がつかなかったが、蓋を開けてみれば、そこにいたのは、まごうことなきロックンロールバンドとしてのくるりだった。5人の演奏者の幸福な出会いが伝播する音と熱。激しくしなやかなバンドとしての身体性。会場を浸す、沸々と煮えていくような静かな熱狂。この日、新作『天才の愛』から披露されたのは“野球”と“潮風のアリア”の2曲のみで、それを除くとセットリストには、“琥珀色の街、上海蟹の朝”、“ばらの花”、“さよならリグレット”、“ハイウェイ”……と、1曲目から読みあげていけば、ベスト盤の曲目かと見まがうほどの歴代の有名楽曲たちが多く並ぶ。加えて、渡されたセットリスト表にも「新曲」と表記されているだけの未だ音源化されていない楽曲が2曲も演奏された。今のくるりが伝えたいことや、与えたいと思うもの、彼ら自身が見たい景色を念頭に置いて組まれたであろうそのセットリストを字面だけで見れば、この日のライブは『天才の愛』の世界観を再現するものではなかったが、そもそもライブは新作音源の世界観を再現するためにあるわけではないし、なにより曲目は重なっていなくても、『天才の愛』の根底にある意志と、この日のライブの根底にあった意志はきっと同じような形をしていたと思う。それは、音楽によってしか立ちあがることのない空間を作り出そうとすること。音楽によってしか流れることのない時間の在りようを顕在化しようとすること。ふるさとのように遠くにあるものを見つめながら、神様のように大きく無力なものを見つめながら、光のように白く鮮やかなものを見つめながら、その目指すものの巨大さゆえに実感する、影のように小さく愚かな我々人間の命を、愛そうとすること。

くるり/Zepp Haneda(TOKYO)
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アンコールで“pray”と“奇跡”が演奏されたのは、とても象徴的な選曲に思えた。当たり前が当たり前じゃなくなった世界で、変化しながら続いていく日々に喜んだり疲れたりしながら、それでも祈らずにはいられない人間のちっぽけさと愛おしさ。思い出とか、喪失感とか、そういうものに振り回されながら生きる我々が、それでもたしかに生み出していく「今」という名の未来。“奇跡”の歌詞にある《来年も会いましょう》というささやかな一節が、とても心に残った。(天野史彬)

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