藍坊主 @ ZEPP TOKYO

藍坊主 @ ZEPP TOKYO
藍坊主 @ ZEPP TOKYO - pic by 木村 篤史pic by 木村 篤史
4月2日の赤坂BLITZから始まった、藍坊主の全国ツアー『aobozu TOUR 2009 〜百景〜』も今日でセミファイナル。今回のツアーは、自身過去最高の本数でトータル35本にも及ぶ。セットリストはファンからブログにてリクエストを募り、各地で全て別選曲。一日たりとも同じ曲順の公演はないのだそうだ。

藍坊主は、ライブによってSEを使い分けるらしく、この日は、エリック・サティの“ジムノペディ”だった。カットアップされた人の話し声(ラーメンマンの声も?)や、虫の囀りが聞こえ、グリーンの薄暗い照明にぼんやりと輪郭のみが見えるステージ。とてもライブ前とは思えない、深い森に迷い込んだような空間だ。“ジムノペディ”のピアノが少しずつノイズへ変わっていき、ようやくメンバーが登場。ノイズの音圧が限界に達したところで、放たれたオープニングは“深く潜れ”だった。

まず最初に驚いたのは、この日のオーディエンスの歓声。男の怒号のような「ウォォォー!」でも、女の黄色い「キャー!」でもなく、あのスタジアム級ライブの時、会場一体となって発せられる「ワーッ!」という歓声と言えばわかるだろうか。一曲終わるたびに、こうした歓声と拍手がZepp Tokyoを揺らし、オーディエンスは掌をかざす。そんなスタジアムで起こるウェーブさながらの光景を何度も繰り返しながら、この日のライブは進んでいく。

「今日から潮風公園で実物大ガンダムが見られるっていうじゃないですか! だから朝早起きして観てきました。ガンダムってのはですね、連邦軍とジオン軍が戦争するんですが、結局、ラブアンドピースな訳です!」と藤森(B)の強引すぎるMCに引っ張られて、デモテープ時代の楽曲“Love & peace”に突入。それだけでも珍しいことだが、なんと藤森 (B)がセンターへ向かい、歌い出すサプライズも。会場はすぐさま呼応してシンガロングが巻き起こり、アンコールさながらの興奮を生み出していた。

ライブ中盤には、「ライブでしかやらなくて、リリース予定もない新曲を超えた新曲」と藤森が語った、2つの新曲をプレイ。歪みやディレイをふんだんに使った空間系ギター、妖しくうねるベース、たっぷりと拍がとられた金属的なドラム。そして、hozzy(Vo)の声には、ヴォコーダーのような機械的な加工が施され、何重にも反響し、その声で同じフレーズを何度も反復して歌う。底なしに暗い、というわけではないが、ギターのディレイや声の反響が重なって、メロディにはどこか浮遊感のある暗さが漂っている。今までの藍坊主とは明らかに違う、新機軸の楽曲だった。

ただ、そうした彼らの変化が、多くの人々に受け入れられることは、ファンにとってバンドの変化がいつも等身大の変化として享受できるものだったからだろう。2004年のメジャー・デビュー時、文学性を帯びた歌詞で青春を描いた彼らは、当時のシーンにおいて異質な存在だった。音楽性も、パンクからギターポップ、そして少しずつ実験的な音楽要素が芽を出し始めていき、現在に至る。2004年に異質だった藍坊主は、2009年の今においてもやはり異質なままだ。その異質さと変化にこれだけのファンがついているのは、藍坊主が変わりたくないものと変わりたいものをしっかり分別できているからだと思う。その変わりたいものが、「音」としての変化なら、変わりたくないものは、文学というフィルターを通して描く物語だろう。デビュー時と現在のバンドの立位置がこんなに違うバンドも珍しいが、その変化の過程と成長も含めたバンドの軌跡が、そのまま表現になっているのが藍坊主というバンドなのだ。

今日のセットリストは、メジャー1stの『ヒロシゲブルー』から最新シングルの『名前の無い色』までまんべんなくフィーチャーし、ダブルアンコールまで応えた全24曲。長いツアーを経たせいか、終盤に向かうにつれて、hozzyの声はだんだんとかすれていった。でもそれに呼応するように、いっそう大きくなるオーディエンスの声と、必死に歌うhozzyの姿が、今のバンドとオーディエンスの距離の近さを何より表していると思う。(古川純基)
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