エリカ・バドゥ @ Zepp Tokyo

女王、降臨。新作アルバム『ニュー・アメリカ パート・ツー(リターン・オブ・ザ・アンク)』日本盤の発売日から2日後というタイミングで、単独としては5年ぶりとなるエリカ・バドゥの来日公演が行われた。新作収録曲“ゴーン・ベイビー、ドント・ビー・ロング”におけるポール・マッカートニー曲のサンプリング許諾のため、急遽ツイッター上でマッカートニーへの連絡協力を求めたり(結果は見事クリア)、米本国を騒然とさせた“ウィンドウ・シート”の路上全裸PVによって出頭命令が出されたりというニュースがつい先日だったことを考えると、今回のアルバム発表と来日のタイミングはなかなか奇跡的なことかもしれない。だいたい、あのPVの撮影日は、現地時間で3月17日、わずか一ヶ月前のことなのだ。

今回のZepp Tokyoでは、まずエントランスで厳重なボディ・チェックが行われていたが、それというのもフロアとステージを隔てるスペースがない。座席が設けられているとはいえ、この緊密なコミュニケーションを目指したスタイルがファンには嬉しい。開演と同時にバンドのサウンド・チェック的ジャム・セッションがスタートし、しばらく経つとおもむろにバドゥが現れて歓声を浴びる。黒のロング・コートに黒のシルク・ハットという出で立ちで、新作のオープニング・ナンバー“20フィート・トール”が歌い出された。バドゥは歌いながら、脇に設置したサンプラーで印象的なエレクトロ・サウンドを加味してゆく。その反対側のテーブルにはポットとカップ、そしてラップトップ(恐らくiTunesか何かの音楽プレイヤーが立ち上げられていた)。どこかリラックスしていてアット・ホームな雰囲気がある。決して豪華なセットが組まれているわけではなくむしろシンプル極まりないのだが、まるで彼女の王宮の一室に大勢の人々が招かれたような印象だ。

印象的なメロディが溢れ、“ザ・ヒーラー”から『ニュー・アメリカ パート・ワン(第4次世界大戦)』の楽曲群が続けて放たれる。今回のステージは『ニュー・アメリカ』2連作を中心にしたセット・リストだ。『~パート・ツー』のジャケット・アートワークよろしくバドゥは大きな音叉を持ち出して打ち鳴らしたりしている。派手に動き回ったり煽り立てたりするわけではないが、一挙手一投足に目が釘付けになる。次第次第にバンドは強烈なグルーヴを放ち始め、“マイ・ピープル”で3人の女性コーラスを従えたエリカのひたすらリフレインするチャントのような歌には真に霊的なエネルギーが渦巻いていた。古代、邪馬台国の卑弥呼がそうだったように、シャーマンとして国家の首長に君臨するようなスピリチュアルな力。国籍や人種といった垣根をすっ飛ばして、バドゥの音楽はそれに触れるものの心と体を支配する。

バンドの演奏も然りである。付け入る隙がない、というのとはまた違う。弛緩するところはしているし、アット・ホームな柔らかさ・優雅さというのはずっと存在しているのだ。ただ、例えば力まずとも白球の真芯を捉えて彼方に弾き飛ばすバッティングのように、或いはヒットする瞬間にだけ固く握りしめられた拳のように、それに向き合うものを翻弄し、いつの間にか完全に支配してしまうグルーヴを放っているのである。イントロで歓声が沸き上がった名曲“オン・アンド・オン”がプレイされる頃には、支配力はピークに達していた。グルーヴィなバドゥによるテルミンのソロ演奏は、それ自体が極めてスピリチュアルでまるで何か祈祷の儀式を見ているようでもあった。

コートを脱いで彼女らしい民族衣装姿になったバドゥは、マイケル・ジャクソンの“オフ・ザ・ウォール”をカバーし、そして更に加熱してゆくビートの中で赤い照明に姿を晒しながらステップを踏みつつ“アイ・ウォント・ユー”を歌う。基本的にはやや弱めにステージ上を照らすだけなのだが、時に曲調にピンポイントで合わせて自在に明暗・色彩を変化させてゆく照明も見事だった。強く、大きく、派手であることと、表現の支配力の大きさは必ずしも比例しない。音楽も、アクションも、そして照明も、すべてがその事実を証明するパフォーマンスになっていた。こう書くのはちょっとためらわれるが、女王エリカ・バドゥの表現力・支配力とは、彼女自身も翻弄され、ときに支配される、愛である。それでも、彼女は全身全霊をもって、それに取り組むのである。

ステージ本編の最後にメンバー紹介が行われ、圧巻のバンド・グルーヴのボトムを支えていたドラマーが「15歳よ」と紹介されたように聞こえた。マジデスカ。そして「バードゥ! バードゥ!」というコールののちアンコールとなったが、いよいよステージ前に押し寄せた熱狂的なファンの数が増してゆく。バドゥは歌いながら握手をし、プレゼントを受け取り、サインにまで応じていた。これまでのライブの多くがそうであったように、“バッグ・レイディ”でステージはフィナーレを迎える。緩やかに、しかし完全に、意識と身体をコントロールされてしまった2時間だった。“ウィンドウ・シート”は残念ながら披露されなかったが、あの曲はPV騒動云々を差し置いても、悲しみの中に強い旅立ちの決意が綴られた、現在のポップ・ミュージック・シーンにおいて重要な一曲だ。17日の横浜公演(スタンディング!)では披露されるだろうか。しっかり見届けたいと思う。(小池宏和)
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