ギターを持って現れた彼女をサポートするのは、マリアンヌ・フェイスフルのバック・バンドでプレイしているキーボードのダニエル・ミントセリス、一時期ブロンド・レッドヘッドに在籍していたムーグ・シンセサイザーのトーコ・ヤスダ、そしてジェフ・バックリーやルーファス・ウェインライトのレコーディングに参加してきたドラムのマット・ジョンソンという豪華な3人。
1曲目は、「最高の外科医さん/私を切り開きに来て」というマリリン・モンローの日記の一節を引用した“Surgeon”。冒頭、ギターにシールドを挿し忘れるというハプニングもあったものの、コーラス部で録音よりもずっと激しく歪んだ、目の覚めるような高速のフレーズを繰り出すと、フロアから大きな歓声が上がる。曲中にカポタストの位置を頻繁に変えたり、ネック・ベンディングを多用してヴィブラートをかけたりする姿からは、「私は何よりもまずギター・プレイヤーなの」というあるインタビューでの彼女の言葉が思い出される。
トーコ・ヤスダに通訳をしてもらいながら、昨年撮った「自分が誘拐されて、車のトランクでギター・ソロを弾き、知らない家族の母親にさせられて、裏庭に埋められる」ミュージック・ヴィデオ(http://www.youtube.com/user/StVincentVEVO)の説明をして始めたのは、もちろん“Cruel”。人々の身体がいかに濫用され、消費されているかについての複雑な感情を扱ったこの曲を、圧倒的に絶対的にポジティヴな何かに到達させることを可能にしているギターのリフレインは、どちらかと言えばバークリー音楽学校でプロフェッショナルな教育を受けた作曲家としてのクラフツマンシップ(職人技巧)のようなものに重点が置かれていた過去2作からは聴くことのできなかったものだ。
この曲で繰り返される「恐怖に生きる寅の年(Living in fear in the year of the tiger)」という歌詞にも示されているように、精神的な落ち込み(その原因は語られていない)を経験した2010年のアニー・クラークは、ニューヨークを離れ、シアトルでホテル暮らしをしながら作曲をしていたという。しかしそこから結実した『Strange Mercy』がこれまでとは違った、コントロールの少ないパワフルなサウンドを獲得することに成功しているのは、逆の見方をすれば、彼女が自身の生の昏い淵をのぞきこむことを恐れず、そしてそこで勝ち取ったものをありのままに表現することを恐れなかったためではないだろうか。
関係者への感謝の言葉を述べてから始まったアンコールは、脳裏に焼き付くような悲しいメロディが印象的な“The Party”と、ホワイト・ストライプスのことさえ思い起こさせるラウドな演奏の“Your Lips Are Red”という対照的な2曲。“Your Lips Are Red”ではギターごとフロアに飛び込み、オーディエンスに支えられたまま演奏したアニー・クラーク。「女優」であることをやめた彼女の実体は、しかし今も掴みきれない。それは彼女がその生身の身体と、他の人々と同じように傷つきやすい心を使って、私たち一人ひとりが本来的には「分からない」存在であることを証明し続けているからなのかもしれない。(高久聡明)
セットリスト
1. Surgeon
2. Cheerleader
3. Save Me from What I Want
4. Actor Out of Work
5. Chloe in the Afternoon
6. Dilettante
7. Cruel
8. Just the Same But Brand New
9. Champagne Year
10. Neutered Fruit
11. Strange Mercy
12. She Is Beyond Good and Evil (The Pop Groupカバー)
13. Northern Lights
14. Year of the Tiger
15. Marrow
アンコール
16. The Party
17. Your Lips Are Red