ジャニス・ジョプリンやボニー・レイットを彷彿とさせるハスキー・ソウル・ヴォーカルの持ち主としてキャリアを築き上げてきたスーザン・テデスキと、ロック界のサラブレッドにしてローリング・ストーン誌が2007年に選んだ現代の3大ギタリストの1人(残る2人はジョン・メイヤーとジョン・フルシアンテ)としても知られるデレク・トラックス。よりによってなぜこの2人が夫婦なんだと改めて思うところだが、テデスキ・トラックス・バンド、念願の初ジャパン・ツアーが行われている。
それぞれが活動していたバンドを休止し、テデスキ・トラックス・バンドを始動させたのは2010年のこと。その夏のフジ・ロック出演がバンドにとって初来日となるのだが、ちょうど結婚10周年にあたる2011年にデビュー・アルバム『レヴェレイター』を発表し、今回のジャパン・ツアーに至る。5日間で4公演というなかなかタフなスケジュールだが、名古屋、大阪を経ての東京・渋谷公会堂1日目も、たっぷり2時間半の濃厚なステージを披露してくれた。9日にも同会場にて最終日公演が行われるので、参加予定の方は以下レポートの閲覧にご注意を。
さて、開演時間を迎え、暗転したステージにメンバーが姿を見せると客席から喝采が沸く(オーディエンスの年齢層はやや高めかと思ったのだが、興奮を抑え切れないとばかりに熱い声も飛んでいた)。スーザンとデレクを中心に、ステージ上手から男性コーラス2人、トロンボーン、トランペット、サックスのホーン・セクション、ドラマーが2人、ベーシストにキーボード奏者と、アルバム制作に携わったバンド・メンバー11名がズラリとそろい踏みである。オルガン・サウンドがたなびくブルース・ロック・ナンバー“Don’t Let Me Slide”から演奏がスタート。2010年フジ・ロックでも直に触れたが、スーザンの、荒ぶるでもないのに芯の強いヴォーカルの説得力。これがいきなり凄い。
大所帯バンドもまた、サウンドを放ちまくるというより極めてプロフェッショナルで統制の効いた、間にソウルを宿らせるようなプレイなのだが、抑揚の「揚」の部分でグワッと持ち上がるツイン・ドラムやホーン・セクションの迫力がとんでもない。そして、デレクのギターはもともと見せつけるというよりも「サラリと凄いことをやっている」タイプのプレイなのだが、バンド全体のアンサンブルを見据えながらも変幻自在のインプロヴィゼーションを披露するテクニックはさすがというべき。実際には派手な視覚演出は何もないのに、音楽の強烈な情景喚起力だけで視界が移ろうようだ。
デレクがゆったりとサイケなギター・フレーズを爪弾く“Midnight In Harlem”。スライドバーを嵌めたままの運指で、どうしてあんなに玄妙で雄弁なフレーズを繰り出すことが出来るのだろうか。セット・リストはオリジナル・アルバムからのナンバーが半分、残る半分はカヴァーというところで、定番のブルース・ナンバーにしてクリームの演奏でも知られる“Rollin’ And Tumblin’”もここで披露された。スーザンはトーキン・ブルースの跳ねるヴォーカルがかっこいいのだが、デレクと並んで抱えたギターの、ワウを効かせたワイルドなプレイがまたすこぶる良い。テクニックというよりもエモーションが漲る。アネさん女房、恐るべしである。
ホーン・セクションがトラディショナルなメロディを吹き鳴らして始まる“Until You Remember”や、クラシックなロータリー・スピーカーから届けられるオルガン・ソロが目立つ“Bound For Glory”。バンド・メンバーもそれぞれに見せ場を作りながら、長尺の熱いセッションに突入してゆくのはライヴならではの醍醐味だろう。演奏をブレイクさせながらヴォーカルのフックを残す“Learn How To Love”なども然りで、オリジナル曲のソング・ライティングはただでさえ質が高いのに、いちいち引き延ばして演奏せずにはいられないのである。
音楽の幸福な高揚感をいつまでも引き延ばしたい、日常の時間を浸食したいという思い。ブルースの12小節に、ビ・バップの引き継がれる呼吸の中に、ファンクの反復するグルーヴの中に、2枚のレコードをスピンするDJの手捌きに。アメリカン・ブラック・ミュージックの歴史の中で形を変えながら息づいてきたその思いを、この白人夫婦によるリーダー・バンドは極めて意識的に、そして知的に表現している気がする。
アドリブのソウルフルなファルセット歌唱に乗せてメンバーの名前を順にコールしたのは、スーザンでもコーラス隊でもなく、トロンボーン奏者のソンダースだった。ロックな楽曲に相性最良のフリーキーなフルートを加えるのは、キーボードのコフィ。スーザンがスティーヴィー・ワンダーのキャッチーなナンバー“Uptight (Everything’s Alright)”を歌った後、スキャット混じりのリード・ベースであわや一曲生み出しそうな勢いだったのは、デレクとはオールマン・ブラザーズ・バンドの盟友でコフィとは実兄弟のオテイルである。こんな豊かな才能を持つマルチ・プレイヤーたちが、才能をひけらかすためではなく、幸福な時間を引き延ばすためにパフォーマンスを繰り広げている。これが、テデスキ・トラックス・バンドという磁場なのだろう。
「デレクはバンドのアンサンブルを見据えている」と書いたのだけど、音楽的にはともかく、表面的にはずっとスーザンの方を向いていて、下手したらちょっとずつ擦り寄っていて、なんか可愛らしかった。フェミニンなデザインなのに配色が迷彩柄みたいだったスーザンの衣装は、彼女自身のパフォーマンスにとても似合っていた。そもそもこの2人、片方がツアーに出て片方が子供の面倒を見ていると夫婦の時間が持てないから、という理由で一緒にバンドを組むことにしたのだそうだ。
本編ラストは“Love Has Something Else To Say”で、当然のスタンディング・オベーションである。セット・リストがかなり流動的らしく、舞台袖で大急ぎで打ち合わせしているメンバーたち。そしてアンコールは、爆裂ファンクど真ん中“Sing A Simple Song”~“I Want To Take You Higher”のメドレーだ。フジで聴いた“I’ve Got A Feeling”(ビートルズ)も素晴らしかったけれど、スライ好きとして今回のアンコールはまさに職務放棄ものの熱狂であった。さてさて、9日の最終日には何が起こることやら。(小池宏和)