2011年3月11日の大震災直後、多くの海外アーティストの来日が中止となる中でシンディは来日を敢行、そして各地の会場では彼女が自ら先頭に立って募金活動を行った。その日程は2011年3月15日~17日の3日間。東名阪の会場を回る文字通りの「ジャパン・ツアー」だった。そんな彼女が約1年ぶりに日本に戻ってきた。だからこそ「おかえり」であり、「ありがとう」のコンサートになったのだ。
会場は1年前と同じくBunkamuraオーチャードホール。前回は7割程度の入りだった(なにしろ東京は計画停電の真っただ中の時期だった)に対し、この日はぎっしりの超満員だ。そして約15分押しで客電が落ち、黒のレースのスーツに身を包んだシンディが登場すると割れんばかりの拍手が巻き起こり、前述の「おかえり!」が何度も叫ばれるオープニングとなった。歌い始める前にシンディは3.11の犠牲者に哀悼の意を表し、その上で「もうすぐ桜も咲くのだから。ここにいるみんなは前を向いて生きていってほしい。SO,ガンバッテ!」と語りかける。
そして始まったのは“She Bop”。いきなりの80年代の名曲、弾けるバイタルなビートとシンディの腹の底からのシャウトが一気に場内のセンチメンタルな気分を吹き飛ばしていく。そう、この日のムードを決定づけていたのは「希望」と「力」のふたつで、「共感」と「寄りそい」を感じさせた前回に対して今回はもっと前へ前へと足を踏み出していく、オーディエンスを引き連れていくシンディの逞しさを強く感じさせるものだった。
前半の数曲でハイ・テンションなナンバーを畳みかけて場内の空気を上昇させた後、始まったのがマーヴィン・ゲイの“What’s Goin’ On”のカヴァー。ここからの数曲は渋めのファンク、そしてブルース調のナンバーが続く。特に『メンフィス・ブルース』からのナンバーが素晴らしくて、ブルース・ハープの名手、チャーリー・マッセルホワイトを大フィーチャーした“Just Your Soul”はこの日のパフォーマンス中でも最高にキレていた一曲だったと思う。シンディ・ローパーと言うとどうしてもキャッチーでポップな80Sのイメージが先行しがちだが、実は様々なタイプの楽曲を作り、そして歌いこなすマルチなタイプのアーティストであることを証明する中盤のセクションだった。
ここで大昔にNYの「ジャパニーズ・ピアノ・バー」で働いていた頃の思い出話を始めるシンディ。そしてこのピアノ・バー時代に教わった曲、と紹介して始まったのが“忘れないわ”のカヴァー! 歌詞は日本語!……と威勢よく書きつつも実は私はこの曲についてよく知らなかったのだが、なんでも60年代にペギー・マーチという人が歌って大ヒットを記録したポップ・ソングだという。作詞作曲共に日本人の手によるもので、シンディがこれまたびっくりするほど流ちょうな日本語で歌い上げる。この“忘れないわ”、もちろんシンディがステージで披露するのは今回の来日ツアーが初めてだという。
ブルース・セクションから日本語ナンバーのサプライズと来て、後半は文句なしの大ヒット・ナンバーが並び、フィナーレに向けてますますこの日の「希望」と「力」のムードは色濃くなっていく。ダルシマーを弾きながら歌い語られた“Time After Time”、しっとり丁寧に歌いあげるもアウトロでは凄まじいファルセットで10秒以上喉を開放し続ける圧巻のカタルシスに場内にはさざ波のような興奮が行き渡っていく。アンコールの“Girls Just Want to Have Fun”では客席とのコール・アンド・レスポンスが何通りも試され、いつしか「Just Want to Have Fun」が彼女が今、私達に伝えたいメッセージそのものであることに気づかされた。
この“Girls Just Want to Have Fun”で今度こそ終了かと思いきや、シンディとチャーリー、そしてキーボードの3人だけがステージに残る。そしてもう一曲歌い始める前に再度日本のファンへの感謝と励ましを口にしながら、思わず涙で言葉が詰まってしまったシンディに、場内からは何度も何度も「ありがとう」の掛け声が飛ぶ。「ありがとう、みんなも、家に帰ってから泣いたらダメよ」と再び笑顔になったシンディがカウントを取り、始まった本当のラスト・ナンバーは“True Colours”。2012年3月10日、あの日から約1年後のシンディ・ローパーのステージは、彼女と私達の「Like A Rainbow」の大合唱と共に幕を下ろしたのだった。(粉川しの)